アレキサンダーファン
2008年05月掲載
プロフィール
井手詩朗(いで・しろう) 井手詩朗
(いで・しろう)
北海道千歳市生まれ。国立音楽大学在学中に東京佼成ウインドオーケストラに入団。1985年同大学を卒業。88年新日本フィルハーモニー交響楽団に移籍。同年第5回日本管打楽器コンクールホルン部門第2位入賞。90年第1回PMFに参加。ソロリサイタルも89、90、95年に東京他各地で行なう。これまでに市川雅敏、大阪泰久、千葉馨、H・スィーナンの各氏に師事。現在新日本フィルハーモニー交響楽団首席奏者の傍らソリスト、室内楽奏者としても活動している。JAPAN NORTH BRASS、クニタチフィルハーモニカーアンサンブルのメンバー。国立音楽大学、東京ミュージック&メディアアーツ尚美非常勤講師。
使用楽器:アレキサンダー 103MGP
使用マウスピース:ヤマハ Shiro Ideモデル
第29回 プレーヤーズ
井手詩朗 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。

─どんな経緯でホルンを吹き始めたのですか。
 僕は出身が北海道の千歳なのですが、6年生の頃、当時札幌交響楽団首席ホルン奏者だった窪田(克巳)さんのソロ(曲はサン=サーンスの「ロマンス」)を聴いたんですよ。それで「中学からホルンをやりたい」と思って。幼馴染だった先輩が中学でホルンをやっていたり、そういうことが重なって自然とホルンを吹くことになっていました。
 結局、千歳中学校という吹奏楽が有名だったところでホルンを吹き始め、今まで浮気もせずに33年間ホルンを吹き続けています(笑)。

井手詩朗

─国立音大在学中に、東京佼成ウインドオーケストラに入団された。
 実は大学3年生の冬に佼成ウインドオーケストラのオーディションを受けたのですが、これがなんと野球が縁だったんです。僕は国立音大の野球部に入っていて、佼成の野球部と試合をやったときにピッチャーをやっていたのですが、佼成の人達がなかなか打てなくて、それで「野球で採ってやるから佼成に来い」という話になって(笑)。


─実は私にとって最も強烈に残っている井手さんの印象は、もう20数年前になりますが、佼成ウインドオーケストラでシューマンの「コンツェルトシュトゥック」のトップを吹いた演奏会なんです。
 あれは僕が23歳くらいの頃ですね。コンツェルトシュトゥックは僕の最初のアレキサンダー103で吹きました。シリアルは#3000番台の楽器で、大学1年生のときに月々1万円のローンを組んで買いました。マウスピースはアレキサンダーのMY15という大きいものを使っていました。
 しかも、当時は知恵が――例えばザイフェルトはハイBb管で吹いていたとか――ないから、そのままのマウスピースで、フルダブルの103で吹いていましたよ(笑)。千葉先生にはBbシングルで演ってみたらいいと言われて試してみたのですが、当時の吹き方では合わずに結局103で吹きました。しかも、全員が楽譜どおり吹いていました。今はパート割りを変えて負担を分散しているでしょう。それもしなかった。
 「知らない」ということは凄いことだなと、今からすれば思いますね。その後「コンツェルトシュトゥック」を吹く機会には恵まれていませんが、今もう一度演ってみたいです。もう少しいろいろと考えてね(笑)。


─1988年に新日フィルに移籍されて、現在は首席ということですが、最初から?

 守山(光三)さんが退団されて首席のポジションが空いたので入りましたけれど、最初は首席は許してもらえませんでした(笑)。ずっと上吹きではありますが。



─変な質問ですが、自分は上吹きだと思いますか? 下を吹いてみたいと思うことは?
井手詩朗

 下は難しいですよ。トップは「えいっ」と飛び降りてしまえばいいですけれど、下とか中はそうは行かない。僕も3番を吹くことが勉強になりましたよ。入った当時は新日フィルに千葉先生がいらっしゃいましたから余計にね。学生の時にレッスンで言われたことは、半分もわかってなかったような気がしますが、実際に一緒に吹いたら、それが全部わかるようになるんです。僕にとっていい財産になりました。
 朝比奈(隆)さんの指揮でベートーヴェンチクルスでベートーヴェンの4番を演奏したときには、僕は1stと決まっていたのですが、別の人が吹くはずだった2ndを千葉先生が「俺が吹く」と言って吹くことにしてしまいました。この演奏はCDになっていますが、あれは楽しかったなあ。
 その後僕が1番で千葉先生が3番ということはよくあって、ときどき後ろから椅子を蹴られたりされましたけれど(笑)。でも「あの人はいつも真剣なんだなあ」とつくづく思いました。練習中もけっこう厳しかったですよ。



─千葉先生の教えで特に印象に残っていることは、どんなことですか。
 音程などより、音色のことをいつも気にしていました。文字通り「音の色」を考えること。オケの中に自分が入っていくときに、何色の中に入っていくのか。ソロを吹くときに、白いバックに赤を見せるのか、青を見せるのか。その色によって音楽はまったく変わってしまうじゃないですか。そういうイメージを持たなければいけない、といつも言っていました。


─他に影響を受けた人はいますか。

 大野さん(大野良雄=元NHK交響楽団)の音は好きでしたね。学生時代、当時東フィルに在籍していた大野さんの音を、よく聴きに行きました。後に東京ホルンクラブで一緒に吹くようになったときにアンブシュアとかをまざまざと観察したりもしましたが、どうしてああいう音が出せるのかは謎でした。結局声と一緒で、音色は人それぞれだなあとも思いました。
 あと、やはり一時期はまっていたのが(デイル)クレベンジャーですね。ちょうど大学を卒業する前です。その頃は、夜7時過ぎると大学の研究室に集まってシューマンのコンツェルトシュトゥックを吹き始めるという習慣があって(笑)、そこで「誰の演奏がいいか」という話になったときに、「やっぱりクレベンジャーだろう」と。それからですね、熱心に聴き始めたのは。
 新日フィルに入ってから、クレベンジャーと一緒に吹く機会もありました。小澤征爾指揮のブルックナーの4番で、千葉先生が1stで僕はアシスタントでした。「たまたまデイルが来日しているから、ぜひ入れよう」という話になって、その日は僕が3rdを吹くことにして、クレベンジャーが1番のアシスタント。
 本番前に、デイルと千葉先生が、最初のソロを「お前吹け」「いや、お前が吹け」とやっているんですよ(笑)。本番は「どっちが吹くのかな」と思って後ろで見ていたら、始まるときに千葉先生がぱっと楽器を置いてしまった。仕方なくデイルが吹いたのですが、再現部になったら今度はデイルが楽器を置いてしまって、千葉先生が吹きました。そのとき僕はもう完全にお客さん状態でしたね。



─さて、楽器の話になりますが、アレキサンダーの使用歴は?
井手詩朗

 最初にお話した、#3000番台のイエローブラス・ノーラッカーの103を大学1年生のときから使っていまして、2本目は新日フィルに入ってから買った103の#8000番台のゴールドブラスです。でもそのときに、「自分の好みはやはりイエローブラスだ」ということに気づいて、比較的短い期間で手放してしまいました。その後しばらくYHR-667、YHR-85Vというヤマハの楽器を使っていました。今は僕を含めて、新日フィルは全員アレキサンダーがメインになっています。吉永さん(吉永雅人さん=「プレーヤーズ」第18回に登場)も今はニッケルメッキのアレキサンダー103をメインに吹いていますから、阿部(雅人)さんが1103を吹いている他は全員103です。



─さて、今回のメインはその金色に輝くゴールドプレートの103ですが(笑)。

 実は、ゴールドプレートの楽器は、3本目なんですよ。最初は、ヤマハのYHR-85Vでした。僕はラッカーがかかっている楽器があまり好きではないんです。最初のノーラッカーの103の印象が良かったということもありますが、ノーラッカーの楽器はメンテナンスも大変ですし、それなら金にしてみようかと(笑)。



─シルバーというのは考えなかったのですか。
 シルバープレートも別の楽器で吹いてみたことがあるのですが、僕は少し音色が暗い感じに聞こえて。それならゴールドプレートなら、と思って試してみたら、音は明るいしよく伸びるし、「これは良い!」と思いましたね。
 ヤマハの楽器でサテンゴールドを試してみたこともあるんです。その楽器は今も持っていますが。サテンゴールドというのはまず表面を凸凹にしてからメッキをするのですが、ブラストをかけて金メッキをかけたら表面の凸凹が埋まって、ものすごく重い楽器になってしまいました(笑)。


─その後で再び103を使い始めたわけですね。

 僕はイエローブラスでワンピースが好きなので、103MLにしました。それを8年くらい使っていたのですが、やっぱりラッカーなしの楽器の吹き味が忘れられない。でも手入れの面からノーラッカーは自分では使えないと。そのときに、「そうだ、ゴールドプレートがあるじゃないか」と思いついて。ちょうど去年その機会があったので、2月ごろ発注して11月ごろに出来上がってきました。まだ使い始めて数ヶ月で、試運転状態ではありますが。



─103のゴールドプレート、吹いた感じはいかがですか。

 思ったとおり、良かったです。音が奥深いというか、太い感じがしますね。息を入れていっても、103に特有のパーンという音にならない。まだ楽器に慣れていないので少し物足りない感じは受けますが、他のメンバーにはきちんと聞こえているということです。太ベルの楽器で、もっと音色のコントロールができる感じですね。それから吹くのに意外と力がいらないんですよ。逆に、あまり力を入れると息が戻ってきてしまう傾向もあります。



左が井手氏の103ゴールドプレート。右は比較のために置いた、イエローブラス、ラッカー仕上げの103
左が井手氏の103ゴールドプレート。右は比較のために置いた、イエローブラス、ラッカー仕上げの103


─周りの反応はいかがですか。

 リハーサルでも前の103MLと交互に使ったりすると、ゴールドプレートの方が圧倒的に音色が良いと言われます。
 ところで、この間テレビを見ていたら、ベルリンフィルのイェジエルスキが同じ仕上げの楽器を使っていて驚きました。彼はもともとシルバーの楽器を使っていたりしましたから、ひょっとしてアレキサンダー社でこの楽器を見て真似したのかもしれません(笑)。何しろ、アレキサンダーのフィリップ社長も、「103に金メッキをかけるのは初めてだ」と言っていましたからね。200とか、他のモデルはあるようですが。
 夏ごろ、新日フィルのホルンの金子(典樹氏)に、フィリップ社長が「お前の同僚の楽器だけれど、本当にゴールドをかけていいのか」と言っていたらしいですよ(笑)。最初は嫌がっていたようです。



─ゴールドプレートということで、ホールで響く音もまた違ってくるのでしょうね。
井手詩朗

 今まで言ってきた楽器の音色や響きの違いというのは、新日フィルが常にトリフォニーホールでリハーサルを行なっているからこそ、よくわかるという面もあります。本番で使うホールで、いろいろな音色をテストできるわけですから、逆に音色の大切さをつくづく感じますね。そういう意味でも今の楽器で吹いて初めて「ああ、いいなあ」と思ったこともありました。
 現在、新日フィルのホルンセクションは全員アレキサンダーになっていますけれど、こんなにいろいろな色のアレキサンダーが揃うオケも少ないですよ。金あり銀あり、黄色あり(笑)。だから、アレキサンダーのファンの方には、新日フィルをぜひ聴いてほしいと思います。今日は金の音、今日は銀の音、という具合にね。しかも編成の大きな曲の場合には全員が揃います。



─ところでマウスピースは何をお使いですか。

 ヤマハで作った私のシグネチャーモデルです。ヤマハミュージックの銀座店で買うことができます。カップ径17mmでカップは深めのUのダブルカップになっています。バックボアは4.1mmです。実は楽器に合わせて金メッキしたものを注文してあるのですが、残念ながら今日は間に合いませんでした(笑)。



─新日フィル以外の音楽活動として何か話題はありますか?

 ブラスアンサンブルをやろうとしています。トランペットは「アトランティック・ブラスクインテット」を組んでアメリカを中心に活躍していたヒロ・野口と、新日フィルの服部(孝也)、トロンボーンはN響に行った新田(幹男)さん、テューバが東フィルの大塚(哲也)さんというメンバーで、「演奏会やりたいね」という話になっています。なるべく新しいレパートリーに挑戦していきたいと思っています。名称は『ジャパン・チェンバー・ミュージック・ソサエティ』略して『JCMS』と仮に付けています。



─他にこれからやってみたいことは?

 ホルンアンサンブルをもう一度やりたいですね。東京ホルンクラブも現在活動休止中ですが、これを再開して、千葉先生に報告したいです。
 リサイタルは95年にホルンとパイプオルガンでやって以来ですが、またホルンとオルガンでやってみたいです。管楽器同士ですから音色は合いますし、オルガンは多彩な音色を出せるので、こちらもそれに合わせていろいろな音色を出すという楽しみもあります。
 でも、ホルンを吹いている以上、やはりいろいろなアンサンブルをやってみたいですね。
一人は寂しいですから(泣)。
 それから、私にとってホルンを吹くことはある意味趣味ですが、自分の義務として、後進の教育をしていかなければならないと思っています。


井手詩朗


一問一答コーナー

─休日によくすることは?
 最近、休日というものがないからなあ。2008年に入ってからは、元日に家で飲んでいて、2月にもう1日休みがあったくらいです。不幸なプライベートですが、子供と一緒にいるのは楽しいですね。上の子は高校1年生ですが、ホルンをやっているんですよ。最初バイオリンをやっていたのですが、中学に入ったら自分で「ホルンがやりたい」と言い出しました。このゴールドプレートの103と同時に娘の103も買ってあげましたよ。さすがにそちらはラッカーですけれど(笑)。
 あ、酒を飲んだり食べたりすることは好きですね。お酒は泡盛が好きです。今は宮古島の菊之露という泡盛を瓶に入れて、古酒を足しながら飲んでいます。

─他に何かご趣味は?
 趣味、趣味……。やっぱりホルンを吹くことが好きなんですね。特にオーケストラは好きだなあ。だから、僕の中では、オーケストラで吹くことが一番の趣味かもしれませんね。

─では、オーケストラではどんな曲を吹くのが好きですか。
 古典が好きですね。モーツァルトとかハイドンとか。多くのホルン吹きが好きなブルックナーとかマーラーはあまり好きではないです。僕の場合はあまり思い切り吹けなくてもよくて、弦楽器と溶け合った音を出したりとか、そういう室内楽的なものが好きです。大きくて目立って格好よくて、というものに特にこだわりはありません。

103
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