アレキサンダーファン
2023年03月掲載
プロフィール
五十畑勉 五十畑勉
(いそはた・つとむ)

東京音楽大学卒業。同大学研究科修了。アムステルダム音楽院卒業。卒業時にオランダ国家演奏家資格取得。ホルンを松ア裕、ヤコブ・スラクター、ユリア・ストゥーデベイカー、ナチュラルホルンをトゥニス・ファン・デル・ズワルトに師事。1991年PMFに参加。2006年よりチョン・ミョンフン指揮のアジアフィルに参加。東京シティ・フィルおよび東京フィルを経て、2011年に都響へ入団。つの笛集団、THE HORN QUARTETメンバー。


使用楽器:
アレキサンダー 103MBHG
主な使用マウスピース:
ティルツ マックウィリアム1

第53回 プレーヤーズ
五十畑勉(いそはた・つとむ) インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。



大学時代に声楽に夢中になるも、《バガテル》でホルンに戻る

─ホルンを吹くようになったのは?

 小学6年生のときに金管バンドができて、トランペットがやりたいと思っていたのですがやはり希望者が多く、一方アルトホルンは希望者がいませんでした。もちろん僕も知りませんでしたが、「他に誰もやらないのなら、この学校で一番アルトホルンが上手なのは僕だ」と思って、やることにしました(笑)。
 1年間やって満足していたので、中学に上ったときにも「吹奏楽部に入ろう」とはそれほど思っていませんでした。でも入学式の演奏で「アルトホルンがいない」と気づき、初めてフレンチホルンを見て、「あれができるならやろうかな」と思って入部することにしました。
 吹き始めると楽器が欲しくなるもので、「成績がよかったら買ってくれる」という約束で、中2のときに楽器を買ってもらいました。当時一般的だったヤマハのYHR-664Dでした。他に自分のホルンを持っている人はいませんでしたから、得意げに演奏していました。
 高校では、「中学で楽しかったからもういいや」と柔道部に入ろうと思っていました。僕の行った高校は男子の方が多くて、10クラス中2クラス男子クラスがあり、見事にそこに当たってしまいがっかりしていたら、休み時間に女の先輩が教室まで来て「吹奏楽部に入ってくれない?」と。すぐに「はい!」と返事しました(笑)。いわゆる強い部ではなかったですが、顧問の先生の影響もあって、音楽を楽しむ雰囲気がよかったです。それもあって高2くらいのときに音楽の先生になりたいと思うようになり、音大を目指しました。


五十畑勉

─東京音大に進み、最初は先生を目指していたのがいつから演奏家になろうと?

 大学2年生のとき副科で取った篠崎(義昭)先生の声楽に夢中になってしまい、学校の先生よりも歌手になりたいと思うようになりました。だから2、3年生のときはほとんどホルンを吹いていませんでした。篠崎先生にはすごくかわいがっていただいたのですが、あくまでもホルン科の学生として扱ってくれて、「ここで学んだことはホルンにも生かせるよ」と言ってくださいました。今ホルンを吹いていても、そのときの歌の感じを自然に出せているのかなとは思います。
 でも何より歌がいいなと感じたのは、悲しいときに「悲しい」と言えることなんです。たとえば「こんなに素敵な世の中だ!」と言えばそう思えるじゃないですか。それをホルンで吹くと同じことを表現するのは100倍大変だということにも気づきました。


─ホルンに復帰したきっかけは?

 ノイリンクの《低音ホルンのためのバガテル》を、4年生になる前頃に知りました。先輩が卒業試験でやるというので譜面を見せてもらい、自分でも譜面を手に入れて吹いてみたら面白くて、それをきっかけにすっとホルンに戻りました。松崎(裕)先生がちょうど東京音大に来られて、いろいろ話を聞いていただけたということも大きかったです。レッスンは厳しかったですが。


─当時から下吹きの傾向はあったのですか。

 1年生のときに、4年生の先輩から「お前は体が大きいから下吹き」と言われたのですが、そのときはト音記号の五線の下のB♭も出なかったんです。それで低音の練習はしました。その後2年間ブランクがあったわけですが、《バガテル》をやってみたら面白かったというわけです。ああいう曲は他にないですからね。《バガテル》と出会わなかったら、どうなっていたんでしょうね。


五十畑勉

─学校の先生を目指すというのは?
 実は、4年生のときに高校の恩師から「母校の夜間定時制の音楽の先生が空いているからやらないか」と言われたんです。まだ大学生でしたが、「臨時免許」を交付されて1年間高校の先生をやっていたんです。教育実習中も、夜は普通に先生をやっていました(笑)。
 でもその経験から、生徒たちの一生を背負う責任が私にはあまりに重く感じて、「卒業しても続けてくれ」と言われたのですがお断りしたんです。それに比べれば基本的に自分の責任である楽器を吹く方がいいと思うようになりました。それで、もう1年くらい楽器の勉強をしようと思って研究科に残り、松崎先生に習うことにしました。



オランダに留学し、アムステルダム・コンセルトヘボウ管の常トラに

─オーケストラのオーディションは早くから受けていたのですか。

 大学4年のときから、あれば受けていました。結局卒業して3年ほど経ってから東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団に入団しました。そのときに一緒に入ったのは、現在都響首席奏者西條(貴人)さんと群響首席奏者の竹村(淳司)さんでした。


─約1年後にはオランダに留学するわけですね。

 アムステルダム音楽院で、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席だったヤコブ・スラフター(スラフテル)先生につきました。先生には「下吹きとしてはいいけれど、ホルン吹きとしては半分しか見ていないような気がする。もっと視野を広げてごらん」と言われて、音楽院のオーケストラではずっと1stを吹いていました。
 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団にも常連のエキストラとして何度も乗りました。管楽器奏者としては東洋人で初めてだそうです。ホルンのメンバーも、最初はあまり歓迎していない感じの人もいましたが、時間が経つうちに仲良くなりました。
 もう1人の首席ホルンだったユリア・ステューデベイカー女史にあるとき「ちょっとうちに来ないか」と言われて、レッスンをしてもらいました。曲に関して速い、遅い、高い、低い、長い、短いなどと、とにかく細かく言われましたね。他のメンバーからもアドバイスをたくさんもらい、「五十畑がオーケストラに入るために何をしないといけないか」という話し合いもしてくれて、そこでも「ああしろ、こうしろ」といろいろ言われました。


五十畑勉

─どんなアドバイスが出たのですか。
 例えば音の感じですね。当時僕は太めで暖かい感じの音でしたが、「もう少しまとめた方がいい」とも言われました。かなり親身になってやってくれましたね。
 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で吹いていると、演奏で会話が飛び交っているのが目に見えるような感じで、そんなオーケストラで吹けたことは本当に楽しかったです。そこでオランダには6年いた後さらに残ろうと思ったのですが、就労ビザが下りなかったんです。僕がいることで、オランダ人の仕事がひとつ減ってしまうわけですからね。


─帰国してからはどうされていたのですか。

 3年ほどフリーを続けて、東京フィルハーモニー交響楽団に入りました。そこに5年在籍の後、2011年に東京都交響楽団に入りました。都響のいいところは、メンバーそれぞれが自分のコンセプトを持っていて、自分の好きな活動をしていることです。そういう人たちが合奏になると1つになるんですね。


─五十畑さんも、つの笛集団をはじめとして、アンサンブルをいろいろやられていますよね。

 四重奏としてはザ・ホルン・カルテットがありますが、コロナ渦でなかなか4人そろう事ができませんでした。だから名古屋フィルの安土(真弓)さんとのデュオで、ザ・ホルン・カルテットは今も活動していることをアピールしています(笑)。「ザ・ホルン・デュオ」という名前で、昨年9月にはCDも出しました。ガンサー・シュラーの難しい無伴奏の二重奏曲や、プントの《8つの二重奏曲》もやっています。プントは2人でアーティキュレーションなども考えて、楽譜も出すことにしました。
 CDではなるべくわかりやすい曲を取り上げようと考え、僕も歌をやっていたこともあるし、オペラの二重唱のアリアをピアノと演奏する曲も多く収録しています。それらも楽譜を出版しています。中学生・高校生が発表会でもできるくらいの難易度のものもありますので、ぜひ吹いていただきたいと思います。


五十畑勉

─他に、最近力を入れている活動は?
 昨年4月に生徒たちと一緒に「五十畑勉と金の卵たち」という演奏会を開きましたが、これは2019年から行なっている千葉県長柄町での「金の卵合宿」が元になっています。次のホルン界を担っていく人たちを育てたいという思いで始めた、若手のフリーの子たちを中心とした合宿で、主にオーケストラスタディを勉強しています。4人そろってオケスタをやることで、1人で吹いているときはわからなかったことがわかりやすくなりますし、特にベートーヴェンやモーツァルトなど2本の曲はエキストラではほとんど経験できませんからね。
 僕が主催ということではなく、全員同じ立場で参加費を払って参加しており、僕もみんなから学びたいし、みんなも意見交換しながら学ぶ場にしようと話しています。最終日にはアンサンブルの演奏会を開いて、地元のお客さんも100人くらい集まってくれました。これが楽しかったようで、生徒が「演奏会をやりたい」と言ってくれて、初めて実現しました。
 プログラムには、僕が編曲したオケスタのメドレーも入れたのですが、オーケストラのパートもホルンで演奏しましたのでそちらの方が大変だったみたいです(笑)。



下吹きの醍醐味は「自分の手の平で上吹きに自由に遊んでもらう」こと

─五十畑さんがホルンを吹くときに大切にしていることは?

 フレーズとか、表現の幅を大きくしようと思っています。下吹きの醍醐味は「自分の手の平で上吹きに自由に遊んでもらう」ことだと思っています。自由に吹いてもらいつつ、「そこから先は行くと危ないよ」とコントロールしてあげる。
 「上吹きについて行く」と思うと、タイミングが遅めになったり、音程が取りづらくなったりして、うまくいかない気がします。そうではなく、「その中なら(上吹きの音が)どこにいても大丈夫」という、全体の響きを想定した大きな器を用意してあげる。それには音程はもちろんですが、音色が大事になります。リンゴをイメージしてもらうといいのですが、芯の部分はしっかりと作りつつ、その周りにいい響きがあるような音です。


─アレキサンダー103という楽器は、まさにそれがやりやすい楽器ですよね。

 初めて吹いたときに、音色の感じがナチュラルホルンに近いと感じました。103を吹くようになったのは2009年頃からです。アムステルダムにいた頃はパックスマンを吹いていました。その当時は太いイメージで吹いていたので、アレキサンダーを吹いてもあまりいい音がしませんでした。ただその後リコ・キューンを使うようになり、あるとき103を吹いたらすごく印象がよかった。銀メッキでニッケルのマウスパイプというちょっと特殊な楽器だったのですが、音のイメージが僕には合っていて、すごく楽に吹けたんです。何をやっても思い通りになる楽器という印象でしたね。都響に入ったのはその後のことです。


─今お使いの楽器はどういう仕様ですか。

 イエローブラスのノーラッカーで、ハンドハンマー仕上げです。団で所有している楽器がラッカーのハンドハンマーだったので、「ノーラッカーだとどうなるのかな」という興味もありました。最初はちょっと予想と違ったのですが、結果的にはそちらの方が好きになりました。
 ラッカー+ハンドハンマーだと、音をしっかりとまとめてくれる印象があってちょっと硬めに感じることもあるのですが、ノーラッカーだとそこが少し柔らかめになるような気がします。吹奏感的にはちょっときついくらいの方が僕は好きなので、ハンドハンマーは合っていると思います。


五十畑勉

─103で低音を吹くコツはどんなところにあるのでしょうか。

 103ならではの支え方に慣れることでしょうか。実はまだ研究中なんですよ(笑)。演奏会とかYouTubeとかで「どうやっているんだろう」と見ています。大きいマウスピースを使ってみたこともありますが、「大きくすれば下の音が出るわけではない」ということがわかった。逆に、大きいマウスピースでコントロールして吹いている人はすごいなと思います。あとは、あごの使い方とか、口の中なのかな。今でも「もっと低音が出るようにならないかな」と思っていろいろ試していますよ。もうちょっと上手くなりたいですね(笑)。


─最後に、何かこれからのことで考えていることはありますか。

 自分がもっと上手くなりたいとは思っていますが、若い人たちがもっと前に出て活躍してくれると嬉しいなと思います。特に下吹きとしては、「あの人がいると安心だよね」と言われるようなホルン吹きになってほしいです。上を吹く人が安心して「遊べる」ような奏者が育ってくれたら嬉しいですね。


五十畑勉




information
CD 好評発売中!
ザ・ホルン・デュオ
ザ・ホルン・デュオ
五十畑勉 & 安土真弓(ホルン)、斎藤龍(ピアノ)
[曲目]
1O.フランツ: 2本のホルンとピアノのための小協奏曲
2G.シュラー: 無伴奏ホルンのための二重奏曲
3F.シュトラウス: 序奏とポロネーズ
4G.プント: 8つのホルン二重奏曲
5G.F.ヘンデル: 幸福な私たち! 《エイシスとガラテア》より*
6L.ドリーブ: 花の二重唱 《ラクメ》より*
7J.ブラームス: 愛の歌 より*
8G.フォーレ: 2つのデュエット*
9G.ヴェルディ: 神よ、あなたは我々の胸に 《ドン・カルロ》より*
10G.ビゼー: 神殿の奥深く 《真珠採り》より*
*編曲:小林健太郎
録音: 東大和ハミングホール, 2022年2月1〜3日
[コジマ録音 ALCD-3128] ¥3080(税込)
2022年9月発売

演奏会予定
「ホルンアンサンブル特別演奏会〜五十畑勉と金の卵たち〜Vol.2」
日 時 令和5年4月3日19:00開演
会 場 大田区民ホール アプリコ 小ホール
出 演 浅井春香、五十畑勉、井上華、川崎栞里、鈴木一裕、鈴木優、
高須洋介、田中みどり、戸田大貴、豊田実加 、橋本宰、橋本佑香、
福田真子、布施祐奈、松原秀人
演 奏 曲
(予定)
G.Kerkorian/Sextet for Horns
C.Homilius/Quartett for 4 Horns
H.Jeurisscn/Tristan Fantasy
K.Stiegler/Siegfried Fantasy 他

 


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