アレキサンダーファン
2014年03月掲載
プロフィール
日橋辰朗(にっぱし・たつお) 日橋辰朗
(にっぱし・たつお)

1988年生まれ。東京都出身。12歳からホルンを始める。2010年東京音楽大学卒業。第26回日本管打楽器コンクールホルン部門第1位。及び特別大賞、審査員特別賞、東京都知事賞、文部科学大臣奨励賞を受賞。第80回日本音楽コンクールホルン部門第1位。及び岩谷賞(聴衆賞)、E・ナカミチ賞を受賞。2007〜2011年小澤征爾音楽塾オーケストラメンバー。JT主催「JTが育てるアンサンブルシリーズ」、2010年ヤマハ管楽器新人演奏会、NHK-FMラジオ番組「リサイタル・ノヴァ」、2012、2013年木曽音楽祭にそれぞれ出演。2013年フレッシュ名曲コンサートにソリストとして出演、新日本フィルハーモニー交響楽団と共演。マイスターミュージックよりCD「プーランク:六重奏曲」「アルファ〜ホルン・オリジナル作品集〜」をリリース。東京ブライト・ブラス・クインテットメンバー。ホルンを後藤照久、井手詩朗、水野信行の各氏に師事。現在、日本フィルハーモニー交響楽団首席ホルン奏者。

使用楽器:
アレキサンダー 103MBL
使用マウスピース:
ティルツ Schmid 85

第40回 プレーヤーズ
日橋辰朗 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。



─日本フィルハーモニー交響楽団の首席を務めていらっしゃいますが、日本フィルは中から見るとどんなオーケストラですか。

 温かい雰囲気のオーケストラで、居心地が良いですね。2011年の日本音楽コンクールを終えて、プロになりたいというのが一番の目標だったので、オーディションを受けました。


─日本フィルのホルンセクションはどんな印象でしょうか。

 まず、丸山(勉)さんがここまで作ってきた音がしっかりあるなというのが第一印象です。使っている楽器はばらばらなので、いわゆる「アレキサンダーサウンド」いう感じではありませんが、響きが豊かで、太くまろやかな深みのある音色が出ていると思います。僕自身は誰が何の楽器を使っているということにはこだわらない方なので、一緒にやっているうちにサウンドも寄って来るのだと思います。

日橋辰朗

 


─日橋さんはオーケストラで演奏するにあたって、どんなことを重視していますか。

 何よりまず良い音でありたいですよね。技術的に優れているとか、高い音が出るとか大きい音が出るとかよりも、僕がこだわっているのはまず全音符ひとつだけで人をどれだけ感動させられるかということです。


─日本フィルのオーディションを振り返ってみて、ご自身ではどういうところが良かったと思いますか。

 オーディションはあまり良くなかったんです。ガチガチに緊張して、最初から最後までミスをしないように守りに入った演奏をしていました。


─コンクールよりも緊張した?

 そうですね。コンクールはある意味開き直ってやっているところもありますから。コンクールでは「ひとつの演奏会として音楽を楽しんでやろう」という感覚でしたが、オーディションとなると大勢の人が審査しているし、空気が違いますね。できることならもう受けたくないです(笑)。


─逆に、1位を取った2011年の日本音楽コンクールなどは、思い切りできたということでしょうか。

 本選まで行ってしまうと、もう普通の精神状態ではないです(笑)。本番は、それまで何度も何度も反復練習した結果、身体が勝手に演奏しているような感じで、わけのわからないまま終わってしまいました。逆に本番までにそのくらいになっていないと、コンクールは無理ですね。


─コンクールのための特別な練習法とか持っているのですか。

 最初はもちろん部分部分を練習していくのですが、それができるようになって暗譜もできたら、あとはとにかく通す練習をしていました。本番は何があっても止まれないので。特に本選の2週間前くらいからは部分部分はさらわず、通し練習しかしませんでした。細かな部分はそれまでにできておくのが基本ですが、例えミスしても止まらないで通します。あとは、楽器を吹いていないときも音源を聴き続けて、身体に浸み込ませるようにしています。通学とか、仕事に行くときの電車の中でも、その曲だけをエンドレスで聴き続けます。それを1か月やると、夢に出てきますよ。


─音楽的にどうしようかというのは、その前に作っておく?

 それは、通し練習をしながらも変わっていきます。楽器を吹いていなくても、お風呂に入りながら「あの部分はこの指の方がうまく行くんじゃないか」とか、寝る前に「あそこはこうした方が面白いかも」と思ったりとか。とにかくずっと練習しているような感じですね。それくらいやっておけば、本選で何も考えられなくなっても身体が動きます。でも短期記憶なので、本番が終わるとすぐ忘れてしまうんですけれど(笑)。

日橋辰朗

 




ポイントは「脱力すること」「心を無にすること」

─話は変わりますが、大学に入ってからアンブシュアを作り直したということですが。

 大学に入る前に井手(詩朗)先生に「直した方がいい」とは言われていたのですが、受験に間に合わなくなるので、大学に入ってから直すことにしました。実は家から近いので国立音大に行こうと思っていたのですが、井手先生に「水野(信行)先生のところに行きなさい」と言われて東京音大に進みました。理由ははっきりとはわからないのですが、後で尋ねたら「直感で」という答えでした。今になってみれば、そう思えたことが凄いなと思います。
 大学に入ってすぐに、水野先生の元でアンブシュアを変えることにしました。入学して4か月は満足に音が出ませんでした。音大生なのに、最初は音が出ないところから始まったわけです。あれは本当に苦しかったですね。朝7時半から夜9時まで、毎日楽器と格闘ですよ。「もし、これで吹けなくなるようだったら、(ホルンを)あきらめようかな」と思ったくらいの賭けでした。

日橋辰朗

─具体的には、どういうところを直したのですか。

 ホルンの場合、普通は構えるとマウスピースは水平よりも下に向くじゃないですか。僕はトランペットを吹くように、マウスピースが上を向くような形で上唇に圧力をかけて吹いていました。でも上唇ばかり圧力がかかるとハイトーンは出るけれど低い音は出ないし、自由が利かないので跳躍も上手くいかないし、音も硬くなり、バテるのも早くなるわけです。
 そこで、主に下唇に圧力がかかるようにして、上唇はなるべくフリーな状態にして効率よく振動させるようにしました。だからしばらくは高い音も全然出ませんでした。でも、前のアンブシュアに戻せば一時的に音は出るようになるので、試験のときなどには戻して吹いていました。


─どのくらいで新しいアンブシュアに移行できましたか。

 4〜5か月かかりましたね。9月にソロの中間試験があったのですが、それほど高い音のない曲を選んで、新しいアンブシュアで初めて試験に臨みました。そのときでも、まだ上のBbが出るか出ないか、F〜Aはきつい感じでした。普通に吹けるようになるのには1年くらいかかったかなあ。
 もともと僕が音大に入ったのは、教員になって吹奏楽の指導ができたらいいなと思っていたんです。でも2年生になったくらいからプロの仕事が来るようになって、「演奏家を目指してみるか」と思うようになりました。最初は教職課程を取っていたのですが、3年生になるときに教職の説明会のようなものがあり、書類にサインをすることになったのですが、「本当に教員になりたいと思っている人以外はサインしないでください」と言われて、僕はサインをしなかったんです。その時点で教職はあきらめることになるので、演奏家を目指すしかないなと。初めてコンコールを受けたのも、3年生の秋のことでした。


─吹奏楽の指導をしたいということは、中学・高校時代にかなり熱心に吹奏楽に打ち込んだということですか。

 小学校から野球をやっていて、中学校でも野球部に入ろうかと思ったのですが、その中学校の野球部はあまりがんばっていない感じだったんです。でも吹奏楽部はすごくがんばっているのが見てわかったので、もともと音楽が好きだったこともあり勧誘されてそのまま入部しました。
 高校はとにかく吹奏楽がやりたくて、吹奏楽部が活発な東海大菅生高校を選びました。木管八重奏でアンサンブルコンテストに出場して、全国大会に行ったこともあります。毎日部活をしに学校に行っていたようなものです。中学・高校の6年間は、同じメニューの基礎練習を毎日していました。「どうしてうまくいかないのだろう」とか、「こういう練習をしたらうまくいくかな」と自分で考えながらやっていましたね。

日橋辰朗

─では、現在ホルンを吹くときに気を付けていることはどんなことでしょう。

 一番気にしていることは、「脱力すること」でしょうか。「何か調子悪いな」と思ったときはだいたい、身体に余計な力が入っているんです。逆に言うと、「脱力する」ということを忘れているときに限って、何かがおかしい。それで「あ、力が入っていた」と気づくわけです。
 例えばオケでちょっと怖いソロがあるようなとき、その直前に考えるのはやはり「脱力する」ということです。あとは、「余計なことを考えない」ということですね。あれこれ考えるよりも、無心で行くのが一番。緊張はしているのですけれど、「緊張しないように」と考えると余計に緊張しますので、そうではなく、「心を無にする」。「音が外れるかも」とか「当てなきゃ」と思ったらだめですね、僕の場合は。「外れたからって、この世が終わるわけではない」という気持ちでやっています(笑)。


─それが難しいことなんですけれどね。

 そのために、できるだけ「○○しなければならない」ということを考えないようにしています。「ここは低めに取らないといけない」とか「ここは弱く吹かないといけない」とかではなく、感覚で行く。その"結果"として、低めになっていたりとか、pになっていたりするのが理想です。あとで考えたときに「そういえばこの音低めに取っていたけど、第3音だったんだな」というのが理想です。

日橋辰朗

 




「良い音色は良い発音から」

─ソロCD『アルファ』についてお話をうかがったときに、「なるべく技術的なことを意識させないように吹いた」とおっしゃっていたのが印象的でしたが、難しいことを難しくなく聴かせるというのが一番難しいと思うのですが。

 それにはやはり技術的なことを考えない、ということですね。もちろん大前提として楽譜通り吹けるように練習はするのですが、演奏するときにはそれよりも「どう表現するか」だけ考えると、結果的にテクニカルなことは前面に出なくなると思います。まあ、これも感覚でやっているところがあるんですけれど(笑)。


─最初に、「全音符ひとつだけで人を感動させられるような音色を」というようなお話がありましたが、具体的に良い音を出すためにはどうすればいいのでしょう。

 まず、音色を決めるのに大きな部分を占めているのが発音だと思います。だから、どれだけクリアできれいな発音ができるかということはいつも考えています。イメージとして、息を出す「プッ」という音とタンギングの「トゥ」が同時になったときに、「パン」と弾ける感じのアタックになるんです。それが自分の中で理想ですね。


─「良い音色は良い発音から」というのはちょっと新鮮ですね。日橋さんがお手本としたい音色というのはありますか。

 水野先生ですね。自分が調子を崩したときも、あの音を思い浮かべて吹くと調子が戻ったりするんです。先生の音は発音もクリアで、響きがすごく多いので遠鳴りがするんです。あの響きの量については誰も真似できないのではないかなと思うくらいです。すごく響いているのにうるさくない柔らかい音で、理想ですね。


─ところで今はアレキサンダー103MBLをお使いですが、いつからお使いですか。

 大学2年生のときからです。最初はパックスマンを使っていたのですが、周りがアレキサンダーばかりで音が合わないので、自分からアレキサンダーに替えようと思いました。

─水野先生はシュミットをお使いですが、同じ楽器にしようとは考えませんでしたか。

 考えませんでしたね。僕自身、あまりこだわりはないんです。先生に「シュミットにしろ」と言われていたらそうしていたと思いますが、水野先生もそういうことは言いませんので。でも結果的にアレキサンダーに替えてよかったと思いました。その後コンクールで良い結果も残せましたし。逆に言うと「アレキサンダーでないとだめ」とも思わないんです。

日橋辰朗

 


─結局今に至るまでに使い続けているということになるわけですが、どんなところに魅力を感じていますか。

 やはり輝かしい音色ですね。吹いていて、他の楽器よりも距離が出るんです。突き抜ける力がすごくあると感じます。あと、これは僕が一番重視している点ですが、音色の種類が多いということ。まろやかな音も出ればパーンと張った強い音も出せる。他の楽器が1種類の音しか出せないということはありませんが、アレキサンダーは出せる音色がより多いと思います。1曲の中で何種類もの音が出せるから、表現がしやすいんです。中でも、103は自分のやりたいことに一番反応してくれる楽器なんです。理想としては、どんな楽器を吹いても僕の音がするということだと思いますが。


─マウスピースは何をお使いですか。

 シュミットの85を5年くらい使っています。それまではいろいろ替えてみたりもしていたのですが、結局は落ち着いています。僕がこれに一番慣れているからだと思います。同じ型番でも別のマウスピースは吹けないので、なくしたら大変です。先ほども言いましたが、マウスピースにせよ楽器にせよ、「○○でないといけない」というこだわりはないのですが、今使っているものが今の自分にとっては一番良いものなので、そういう意味ではこだわっていると言えますね。




「趣味」のコーナー

─趣味はどんなことですか?

 野球ですね。自分でもしますし、見に行くのも好きです。小学校時代は野球少年だったので。休みの日には音大時代の友達と公営の野球場を借りて試合をしたりします。西武ファンなので、休みの日に試合があれば必ず行きます。


─ホルンを全く吹かない日もあります?

 例えば2連休だったら1日は全く吹かないですね。でも休んだ次の日はやはりだめなので、仕事のある前日は必ず吹きます。


─今欲しいものとかありますか?

 特にないですね。あんまり欲がないので。ホルン吹いてお金をもらえているだけで幸せですね(笑)。好きなことが仕事になっているのでこれ以上特に望まないですね。


─最後に、日フィルの本拠地、杉並公会堂がある荻窪でお勧めのお店を教えてください。

 丸信というラーメン屋はよく行きます。昔ながらの中華そばを出す店です。今日も行ったんですけれど、休みでした(笑)。




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