アレキサンダーファン
2012年06月掲載
プロフィール
阿部雅人(あべ・まさと) 阿部雅人
(あべ・まさと)

福島県出身。県立福島高校を経て1987年東京芸術大学音楽学部卒業。芸大在学中に東京フィルハーモニー交響楽団に入団。2005年新日本フィルハーモニー交響楽団に移籍。83年東京文化会館推薦音楽会出演。96年に福岡、97年に福島、2009年には東京と福島でリサイタルを開催した。東京ホルンクラブで「スパイラル」、アレキサンダーホルンアンサンブルジャパンで「ジュピター」と「カーニバル」が、ソロアルバムでは「阿部雅人ホルンリサイタル2009」がそれぞれCDリリースされている。ホルンを永沢康彦、大野良雄、守山光三、千葉馨の各氏に師事。現在沖縄県立芸術大学准教授。日本ホルン協会理事。

使用楽器:
アレキサンダー1103GBLHG
使用マウスピース:
ブレゼルマイヤー 1F4S

第36回 プレーヤーズ
阿部雅人 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。


1987年から東京フィルハーモニー交響楽団で、そして2005年から新日本フィルハーモニー交響楽団で、長きにわたりオーケストラプレーヤーとして活躍してきた阿部雅人さんが、2012年4月から沖縄県立芸術大学に音楽学部器楽専攻管打楽コースの准教授として赴任したことは大きな話題となった。このことをはじめ、「下吹きの極意」までお話をうかがうことができた。


阿部雅人

─どんなところから、准教授になるという話があったのですか。

 話というのはないですよ。国公立の大学教員というのは、基本的に公募なので。今回もインターネットで見て、書類を出すところから始めました。


─ということは、大学で教えたいと常々考えていたわけですね。

 前々から、教育者になることには興味がありました。でも去年くらいから「そろそろかなあ」と思うようになり、公募があったらとにかく応募してみようと思っていました。他の大学の募集もありましたが、そちらの大学は専門領域が「管楽器」全般で、沖縄県立芸術大学(以下、沖縄県芸)は専門が「トランペットかホルン」という募集でした。やはり、より専門的に教えたかったのでこちらに応募しました。なれたのはラッキーだったと思います。


─それにしても、福島ご出身で長年東京に住んでいたことを考えると、ずいぶん遠くですよね。

 場所はあまり関係ないんです。まず専門性の高い芸術大学で教えたいという希望がありましたが、日本には国公立の音楽大学(芸術大学)が4校しかありませんので、その中から時期的な巡り合わせで沖縄県芸になったということです。


─オーケストラプレーヤーから教育に活動の場をシフトしたという理由は何かあるのでしょうか。

 オーケストラで吹くというのはとても楽しい仕事ですが、自分の中で教えることの比重は年ごとに増えていました。意識としては半々くらいにまでなっていましたね。だから大学の教員になるというのは、自分としては自然なことでした。もちろん教えるということを仕事にしても、ホルンが吹けないわけではないですから。
 ただ、「プレーヤー」と「プロフェッサー」の違いで、「プロフェッサー」の方がいろいろなことをより自由にできると思っています。オーケストラにいれば、そのオーケストラのスケジュールで動かなければいけませんし、いろいろな制約がありますよね。僕の場合、特に下吹きでしたから、上吹きの人に合わせてアンサンブルするということも必須でした。でも教員という立場ではもっと自分の考え、自分の意思で音楽に接することができるのではないかと。格好良く言えば(笑)。


阿部雅人



自分で苦労してつかんだ上達のヒントを、若い人に教えられる

─2009年には東京と福島でリサイタルを行ない、翌年にはソロCDも出されました。ああいう活動も、基本的に自分自身の意思で行なったことですよね。

 しかし、オーケストラをやりながらソロ活動もというのは、やはり厳しいです。今思えば、あの時期だったからできたことだなと思いました。もちろんやって良かったと思います。ああいうソロ活動をしたからこそ、今の立場があるのだと思います。やはり演奏実績というものが物を言いますからね。


─リサイタルの時期が「あのときしかなかった」というのは、具体的にはどんなことがあったのでしょうか。

 まず心身ともに充実している時期ということです。あとはタイミングですね。僕の場合はいつもソロをやっている人とは訳が違いますので、リサイタルをするとなると準備期間が2〜3年必要ですから。


─曲目も、ベートーヴェンやヒンデミットのソナタからノイリンクの《バガテル》、そしてR.シュトラウスのホルン協奏曲第2番と、プログラムも錚々たるものでした。

 やりすぎですね(笑)。でも、インパクトはあったと思います。CDも結果的には800枚くらい売れました。個人の音楽家が自主制作したものとしては多いのかなと思っていますので、やって良かったなと。


─あのときに、ちょうど何かをつかんだというお話をされていましたが。

 ある海外のプレーヤーが、「こんなふうに吹いているらしい」という話を人づてに聞いて、それを自分なりに想像しながら試してみたら思いのほか良くて、今自分がホルンを吹く根本になっているくらいの重要なことです。具体的に言うとそれは、「音の焦点を出す」ということです。音を効率よく鳴らすための方法と言っても良い。これは僕の考えですが、音の焦点が合っていないと息が無駄に入って、ボヤーッとした音が出ます。そうではなく、息を無駄なく使って焦点の合った音を出す。
 言葉ではなかなか説明しづらいですが、それを含めてホルンが上達するためのヒントは他にも、それこそ何十何百と苦労して自分でつかんできたので、その方法を若い人に教えることができる。逆に言うと、僕にしかできない教育ができるのではないかなと感じていました。


阿部雅人



低音を安定して出すための極意は…

─下吹きと言えば阿部さんと言うくらい、阿部さんは下吹きのプロフェッショナルですが、そのことが教えるのに役立つと思いますか。

 ある程度上手くなってきたときに低音が出ない人は、そこで苦労します。だから、最初の段階から低音が出る吹き方を教えて行けるといいですよね。学生は将来上吹きになるか下吹きになるかわからないわけですから。


─ここで、沖縄県芸の学生に先駆けて、低音の極意を少しだけ教えていただけませんか。

 低音を安定して出すという意味での極意なら、「楽器をできるだけ身体から離さない」ということです。高い音を出すときにはみんな楽器を自然に身体に近づけるでしょう。低音のときも同じです。


─要するに唇に対するプレスを、低音だからと言ってゆるめないということですね。

 上はしっかりした音を出そうとして楽器を身体から離そうとする人はいませんよね。それと同じように下も吹けるかどうか。まあ普通は難しいでしょう。ちょっとだけ低音を吹くだけなら、それは必要ないかも知れない。でもしっかりした低音をずっと吹けと言われたら、やはり「楽器を身体から離さない」ことです。


─中には低音に限らず高音もなるべくプレスしない方が良いと言う人もいますよね。

 人によって考え方は違うと思いますが、僕の場合は、「時と場合に応じて」だと思います。もちろん必要以上にプレスしてはいけないですが、それが適切か適切でないかの判断はなかなかできないから、やはり信頼のおける専門家に見てもらった方がいい。そういう意味で、何でもかんでも「プレスしない方が良い」という意見には懐疑的です。
 楽器を離す――つまりプレスを必要以上なくすと、同じ音を吹き続ける為にはその分唇に力を入れないといけない。そうするとどんどん筋肉が硬くなる。こうなると良いことはありません。もちろん唇の周りはある程度の支えがいるのでゆるめ過ぎてしまってはいけませんが、一番肝心な、唇の振動する部分は柔らかさを保っていないと良い音は出ません。


阿部雅人



ハーモニーを作るコツは、「良い音であること」

─せっかくなのでもう一つ教えて下さい。下吹きの役割として、オーケストラの中でハーモニーを作ることは非常に大きいですよね。ばっちりハーモニーを作るコツなどありましたら……

 ばっちりハーモニーを作るコツはこれしかありません。「良い音であること」です。では「良い音ってどんな音?」というときに、さっき話した「焦点の合った音」が必要になって来ます。音色的にぶら下がったり、音色的に上ずってキンキンしたりすると、音程がどんなに良くても合いませんよね。


─つまり、チューナーを見て針が真ん中に来るように吹いたとしても……

 それだけでは良いハーモニーにならないと思います。もちろん目安にはなりますし、僕もチューナーは多用します。でもその使い方は、「今高いから低くする」のではなく、「今、普通に吹いて高い状態なんだな」ということを認識して、「その原因は何だろう」と考えるためです。メーターを見ながら下げるのではありません。
 「音が合わないな」というときは、もちろん音程の場合もありますが、音色が原因のことの方が多いです。焦点の合い方によって、非常にリラックスして聞こえる音と、緊張して聞こえる音の違いが出て来ますから。


─復習ですが、「焦点の合った音」は、余計な力が抜けて、余計な息のいらない、つまり楽に吹けて良い音が出るということですね。

 そうです。もちろん音色というのは人によって違いますが、音がそういう「効率の良い状態」になっていないと、かみ合っていきません。逆に言うと、それが一番良い状態になってさえいれば、ベルリン・フィルの連中と演ろうが、シカゴ響と演ろうが合うわけです。もちろん、音色の差はありますが。


─では、「音量」に関してはどうお考えですか。

 まあ、大きい音で問題になることはあまりなくて、小さな音が出なくて問題になることの方がずっと多いです。それなのに、大きな音を出そうとはするけれど小さい音が吹けない人はたくさんいるじゃないですか。さっきから話している「効率良く」音が出せて上達するということは、pが上手くなるということです。つまり、pがコントロールできる状態でffを吹かないと、平べったい音のffになってしまう。そういう人がどんどんディミヌエンドしていくと、あるところで「プスッ」と音が出なくなってしまいます。
 息は出ているけれども唇が反応していないという状態になるということは、つまり「焦点が合っていない音」だったということです。ホルンでも音の焦点を合わせれば合わせるほど、「こんなに小さな音が出るのか」というくらいの音が出せるんです。そういう音はppに落としても響きが死なないし、そのまま息を入れていけば豊かなffも出る。それが理想ですね。


阿部雅人



1103のおかげでまた新しい阿部雅人になれた

─沖縄県芸に入学して、レッスンを受けているような気分になってきました(笑)。

 どうしたら今話したようなことができるようになるかを考えれば、今自分が何をすれば良いかが見えてきます。その方法は人によって違うけれども、自分でつかむためのヒントをあげることはできます。でも一番大切なのは自分で考えることです。闇雲に長い時間練習すれば良いというものではありません。もちろん、長い時間練習しなければ上手くなりませんが(笑)。
 もちろん、最初に「こういう音楽だからこう吹きたい」という欲求はなければならない。それを感じるセンスを育むことは重要です。


─音色とか吹き方を変えるために楽器とかマウスピースを替えようという考えは?

 ある程度いいと思います。特にアマチュアのレベルでは、自分の感性だけでコントロールできる人はそう多くはありません。だったら楽器を替えたり、マウスピースを替えたりということをしてもいいのではないでしょうか。


─ただ、阿部さんはアレキサンダーの1103をずっと使い続けていますね。

 この楽器は、自分が苦手なところをカバーしてくれるんです。まず、僕はそれほど音量が出るわけではありませんから、僕にとっては103に比べてストレートに鳴らしやすい。それから、響きが下寄りにあって、太く柔らかい音色というのが魅力ですね。
 1103の前はずっと103を吹いていましたが、僕にとっては別物に感じますね。もちろん、アレキサンダーに共通した明るさは持っています。最初は両方とも並行して吹こうと思っていたのですが、1103に慣れて来ると、だんだんスムーズに持ち替えられなくなってきた。それで103は手放してしまいました。細かな動きが軽やかに吹けるのは103の特徴で、ソロリサイタルも103で吹こうかと思ったこともありましたが、あえて「1103でソロを吹いたらこうなる」というのを聴いていただこうと。
 やっぱり103を吹いていたときの僕と、1103を吹いている僕では、評価が違うと思います。1103ではより下吹きのスペシャルに寄っていった。そのおかげでまた新しい阿部雅人になれたわけですから、この楽器に巡り会ったということは、自分の人生の中で大きな意味を持っていると思います。
 もしかすると、聴く人からは「それほど変わらない」と言われるかも知れませんが、僕が吹いた感覚はかなり違いますね。でも、自分で吹いていて良い感じがしない楽器で良い音が出るわけがありません。吹きにくい楽器はやはり仕事には使えませんから。ただ一つの音を伸ばすだけなら良いのかもしれませんが、僕としては、いろいろなことができて初めて「使える」という感覚です。
 ちなみに、今使っている1103は、ゴールドブラスのハンドハンマー仕上げです。


─ハンドハンマーはいかがでしたか。

 慣れるまでは時間がかかりましたが、正直、慣れてしまえば大きな違いはないのかなと。僕にとって楽器というのは、良い楽器であることはもちろんですが、その楽器に合わせて自分が変わっていけることが大事なんです。同じ自分を維持するのではなく、自分にストレスをかけつつ新しく作り直していくという行為が必要だと思っています。このハンドハンマーの1103はそれに値する楽器だと言えますね。


阿部さん愛用の1103GBLのハンドハンマー仕上げ。Bb管の1番をストレート管に替えているのは、「僕にとっては、この方が音がはっきりとするので」という理由だそうだ

阿部さん愛用の1103GBLのハンドハンマー仕上げ。Bb管の1番をストレート管に替えているのは、「僕にとっては、この方が音がはっきりとするので」という理由だそうだ




ホルンの奏法に関する本を書きたい

─さて、話は戻りますが、沖縄でこれからどんな音楽活動をしたいと思っていますか。

 東京ではホルンの演奏会など山のようにありますが、向こうでは聴ける機会は少ないと思いますので、生徒たちとカルテットの演奏会とかはやってみたいですね。ただ学生数の少ない大学なので、人数的にカルテットが組めるかどうか、です。
 沖縄というのは音楽家とかタレントとか、優秀な人がたくさん出ているところですよね。現地の先生もおっしゃっていましたが、やはり沖縄の方は独特のセンスを持っているんです。周りに上手い人がたくさんいるという意味で、確かに大都市の音大の方が恵まれているとは思います。しかし沖縄で学ぶことがそれに劣るわけではない、ということを思ってもらえるような、自分自身がそういう存在にならなければならないと思っています。


─学校の授業以外では?

 授業と言ってもそれほど多いわけではありません。だから、自分で研究をする時間が取れるのではないかと思っています。今思っているのは、本を書きたいなということです。ホルンの奏法に関する自分なりのハウツー本のようなものを考えてはいます。実際にはどのくらい忙しくなるかわからないので、ここで宣言してしまうとちょっと厳しいのですが(笑)、いずれにせよ将来的には一冊くらいは出したいとは思っています。


─休日には、お好きなゴルフも満喫できるのではないですか。

 実は、遊びのことは全然考えていないんです。きっとそのうちやるでしょうけれど(笑)、それはまだ後の話ですね。むしろ、時間があるときにどのくらい東京に戻っての活動ができるだろうか、ということを考えています。やはり先端に近いところでいろいろなことを吸収し、それを沖縄に持ち帰って、学生に伝えるということが重要だと思うんです。僕に与えられた役割は、そういうことではないでしょうか。


7年間在籍した新日本フィルハーモニー交響楽団の拠点である、すみだトリフォニーホールの前で

7年間在籍した新日本フィルハーモニー交響楽団の拠点である、すみだトリフォニーホールの前で





【第3回 ABEホルンキャンプ in 熊本】
 
阿部雅人さんがメインの講師を務めるホルンキャンプが今年も開催される。上でお話いただいたような「低音の極意」も実際に学べるチャンスだ!
 
[日 程] 2012年9月15日(土)16:00現地集合〜9月17日(祝)16:00現地解散
[場 所] 七城温泉ドーム リバーサイドパーク 木の研修交流施設
(熊本県菊池市七城町林原962-1 TEL:0968-26-4800)
[講 師] 阿部雅人
[ゲスト講師] 日高剛(NHK交響楽団)、岡本秀樹(九州交響楽団)
※一部日程参加
[内 容] 個人レッスン/アンサンブルレッスン/発表会、講師特別演奏/バーベキュー、温泉あり(宴会随時)
[参 加 費] 33,000円(個人レッスン2回 レッスン1回の場合30,000円)
2泊3日6食付き
※9月16日より1泊2日参加も可能 その場合参加費25,000円(レッスン1回)
[定 員] 30名
[申し込み期限] 8月20日
[問い合わせ
・申し込み]
E-mail:masatoabe-hr1209@nifty.com
 

※申し込みの際には、住所、電話番号、名前、性別、年齢、メールアドレスに加え、下吹き/上吹きの希望を明記のこと。

 

【第3回 ABEホルンキャンプ in 熊本】

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