アレキサンダーファン
2018年07月掲載
第74回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
B→C(ビートゥーシー) 根本めぐみ ホルンリサイタル

 東京オペラシティ文化財団主催のリサイタルシリーズ「B→C(ビートゥーシー)」に、根本めぐみさんが登場した(2018年6月19日 東京オペラシティ リサイタルホール)。
 B→Cは「バッハからコンテンポラリーへ」を意味し、バッハと現代曲を必ず組み込んでの演奏者自身によるプログラミングが特徴。今回もバッハの無伴奏チェロ組曲から世界初演の委嘱作までの様々な作品が演奏された。
 根本めぐみさんは2012年に東京藝大を卒業し、現在は東京ニューシティ管弦楽団契約団員であり、神戸市室内管弦楽団のホルン奏者である。使用楽器はアレキサンダー103。ピアノはホルン奏者にはお馴染みの遠藤直子さんであり、根本さんと息の合った、なおかつ積極的な音楽を聴かせてくれた。


まさにホルンらしい、倍音の豊かな深々とした音質が大きな魅力

 1曲目は、西村朗が2010年に、日本ホルン協会による第1回ホルンコンクールのために書いた《無伴奏ホルン・ソナタ》。根本さんと言えば以前からF管にこだわって演奏してきたとのことで、この日どの程度F管を使っていたかははっきりとわからなかったが、その音質はまさにホルンらしい、倍音の豊かな深々としたもの。「フレンチホルン」というよりもドイツ語の「ヴァルトホルン」と呼ぶ方がふさわしいようなイメージで、一般的な「アレキサンダーならではのブリリアントで明るい音色」とは少し違うかもしれないが、より素朴で柔らかい、最近ではあまり聴かないタイプの、でもずっと聴いていたいようなサウンドが大きな魅力のひとつだ。
 根本さんは最初かなり緊張している様子だったが、それが演奏にはいい方向に作用したようで、第1楽章はぴんと張った糸のような緊密度の高い表現。第2楽章では少し緊張が緩み、わずかなヴィブラートを伴ってたっぷりと気持ちを込めて歌う。
 上で述べたような音色がどの音域でも一貫しているためにフレーズのつながりがとてもよく、こういう長く歌うようなメロディには聴く人を引き込む大きな魅力があるのだ。第3楽章では鋭いアーティキュレーションも登場するが、音色まで刺激的にならないのも大きな特徴と言える。

 2曲目はドイツ・ロマン派から、シューマンの《アダージョとアレグロ》。これも特に「アダージョ」部分の魅力が大きかった。過度に抑揚をつけて聴かせるのではなく、あくまで自然な流れで大きなフレーズを作っていく。飾らない「生成り」とも言える音色もあいまって、心にじわじわと染み入ってくるのだ。個人的にはどこかデニス・ブレインを感じさせるような演奏だった。「アレグロ」の部分は吹きにくいフレーズもあるが、速い三連符もひとつの歌に組み入れて大きく聴かせてくれた。

 前半最後は、ここのところリサイタルで取り上げられる機会の多いキルヒナー《3つの詩曲》。「死」をテーマとした曲でもあり、悲痛な叫びのようにも思えるフレーズが登場するが、根本さんの演奏は全体に柔らかで、感情を吐き出すような激しい曲調の部分でも、つんざくような悲鳴にならず、あくまで気持ちを吐露するような「哀歌」として聴かせる。特に第3曲〈葬送のゴンドラ〉ではピアノがしっかりとした背景を描き、そこに根本さんの悲しい旋律が乗って、聴き手の心を揺さぶった。


歌詞が聴こえてくるように錯覚する瞬間が何度もあった

 後半1曲目はバッハの無伴奏チェロ組曲第1番(ダニエル・ブルグ編曲)。弦楽器の曲だけに必ずブレスが問題になるのだが、あえてたっぷりと時間をかけて息を吸い、その分豊かな音を響かせる。これによって、曲のフレーズの取り方を聴き手に示すという効果も感じられた。この曲はテクニックだけのチェロ奏者が弾くとただの音符の羅列にしか聞こえない場合もあるが、それとは逆に、単音しか出ないホルンできちんとメロディとハーモニーを同時に聴かせてくれた。根本さんは曲を重ねるごとにどんどん調子を上げていき、最初緊張からか少しぎこちなかったレガートも、その美しさが際立ってきた。

 根本さんと同年代(東京藝大で1学年下)の作曲家である森亮平氏に委嘱され、この日世界初演となった《印象II》は、さすが根本さんをよく知る人ならではの、彼女の最も良い部分を存分に引き出すような曲だと感じた。いわゆる“現代曲”(=前衛)ではなく、印象派のような幻想的な美しい曲だ。ピアノの奏でる音の絨毯に乗って、ホルンがときには朗々と、ときには繊細に息の長い旋律を奏でる。まるで歌曲を聴いているかのようで、実際に歌詞が聴こえてくるように錯覚する瞬間が何度もあった。

 最後は、現代のホルン奏者にとって主要レパートリーとなりつつあるマドセンの《ホルン・ソナタ》を美しく、しかも強い説得力をもって聴かせた。歌い回しの端々に心を震わせるものがあり、しかも強奏でも決して荒くならないところがいい。特に第3楽章など、決してノリや勢いにまかせず、丁寧に1フレーズずつ歌い込んでいく。しかし音楽の流れや躍動感を失うことなく、生命力に満ちた演奏を聴かせてくれたのだった。
 鳴りやまぬ拍手に応えて、最後にアンコールとして同じくマドセンの無伴奏曲《サイが見る夢》を演奏した。




文:アレキサンダーファン編集部 今泉晃一


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