アレキサンダーファン
2017年09月掲載
第72回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
サラ・ウィリスと楽しむクリニック&アンサンブルパーティー


 ベルリン・フィルのホルンセクション唯一の女性奏者でありながら、そのパワフルな低音と、ご本人の底抜けに明るく、そして心優しい人柄でファンを魅了し続けているイギリス出身のサラ・ウィリス氏。
 2017年7月18日にヤマハ銀座コンサートサロンにて、アレキサンダーホルンオーナーズクラブ会員限定でサラ・ウィリス氏(いつも通り、親しみを込めて“サラ”と呼ばせていただこう)との時間を楽しむ会が設けられた。なお、通訳は東京交響楽団首席ホルン奏者のジョナサン・ハミル氏が担当、サラと息の合った通訳で会場を盛り上げてくれた。


 最初に“サプライズ・プレゼント”としてホルンカルテットの演奏があった。メンバーは1stから順に大野雄太/鈴木優/ジョナサン・ハミル/サラ・ウィリス。曲はベルリン・フィルハーモニー・ホルン・カルテットのCD『フォー・コーナーズ』から。サラ以外の3人は東京交響楽団のメンバーということもあって、そしてジョナサン以外はアレキサンダー103ユーザーということもあり(このことに関しては、後でサラから突っ込みが入った)、とても息の合った演奏。
 《オールマン・リバー》ではサラの低音メロディが、安定感と歌心で聴かせた。彼女の低音ソロのためにアレンジされたという《ワルツィング・マチルダ》では、超低音でも実の詰まったアレキサンダーサウンドで存分に歌いまくる。間近で聴くサラの生の低音に感動し、泣き出す人もいたほど。演奏が終わってサラは「《アダージョとアレグロ》よりずっと楽しいでしょ!」と言って笑った(《アダージョとアレグロ》を悪く言っているのではなく、「低音のための曲が吹けて嬉しい」という意味)。



様々な悩みを持つ4人の受講生に、サラからポイントを突いたアドバイス

 まずはクリニックから。受講生は事前にAHOC会員の中から募集したのだが、半日もたたないうちに枠が埋まってしまった。基本的にはアマチュア奏者だが、自衛隊音楽隊員から東京芸術大学附属高校の1年生まで様々な人が集まった。

 最初の受講者である岩倉幸雄さんは陸上自衛隊の音楽隊員であり、このために北海道からやって来たという。曲はR.シュトラウスのホルン協奏曲第1番第1楽章。一度通した後に、緊張もあって縮こまりがちだった岩倉さんの方をぐっと後ろに引っ張って、姿勢を正す。そして「フレーズに合わせてブレスを取ってください。そうすればもっと落ち着きますよ」とアドバイス。
 もう一度吹くと、最初よりずっと堂々とした演奏で、1つ2つ音を外しても気にならなかった。「おめでとうございます。姿勢がよくなったら、音もずっとよくなりました」とサラ。最後に「少しアーティキュレーションが硬いですね。ソフトなアタックで、ときにはタンギングなしでも吹いてみてください。美しいスラーをたくさん練習してください。リップスラーなどはつまらない練習ですが(笑)、本当に美しく吹こうと思ったら難しいですからね」
 岩倉さんは感想をこう語ってくれた。「サラ・ウィリスさんにレッスンしていただけるなんて夢のような話で、アレキサンダーを吹いていてよかったなと思いました。レッスンを受けて、知らず知らずのうちに姿勢が悪くなっていて、息もちゃんと吸えていなかったから、音もしっかりと出ていなかったということがよくわかりました。あとは、普段の練習のしかたも勉強させていただきましたので、(音楽隊の)仕事とうまく切り替えながら練習して行こうと思います」


 続いては大学オーケストラに所属しているという森泉敦さん。曲はモーツァルトのホルン協奏曲第1番第1楽章。まず、指を寝かせてレバーに置き、全体で押しているのを見て「指先で押すようにしてください。その押し方だと、細かいパッセージは無理ですよ」。
 森泉さんはちょっと調子が悪そうだったが、それを見て「歌ってみましょう!」と声で歌うように指示。「もっと大きな声で!」。その後同じようにホルンで吹いてみると、最初よりもずっとよく音が出ていたのがはっきりとわかった。森泉さんもレッスンを終えてから「人間の声がどれだけ重要かということが再確認できました。一度歌った後は吹いている感じも全然違いました」と話した。
 「息が止まりやすくて音の跳躍がきれいにできないのですが」という質問に対して、サラは「音がうまくいかないと思ったら、ゲシュトップで練習するといいですよ。喉を閉めているとうまくゲシュトップにならないからです。その後でオープンで吹いてみるといいです」と答えてくれた。


 サラの希望でもあったノイリンクの《バガテル》でクリニックに臨んだのは兼田昇さん。「この曲は普段からよく練習します」と言うだけあって練り込まれた演奏だったが、緊張もあってところどころ低音が鳴り切らない部分もあった。サラはまず「素晴らしい! レッスンするのを楽しみにしていました」と言ってから、低音について話し始めた。
「低音が苦手という人は多いですが、どんな練習をしているか尋ねると『特に低音の練習はしていない』と言うんです。でも、低音が上手になりたいと思ったら、練習するしかありません」
「まず、低域では右手を開けないとはっきりとした音になりません。そして、下に行くにしたがって右手をより開けるようにしてください」と兼田さんに吹いてみるように促すと、よりオープンで明瞭な低音に。低音を鳴らそうとして音が震えることに対しては、「下唇にもっとグリップするようにすると安定します」とアドバイス。
 「低い音に行くときには、まずゆっくり、スラーで練習して、タンギングしても同じ息で吹けるように意識してください。また、低音でブレスするときにはマウスピースを口から離さないように。アンブシュアが変わって音が出なくなってしまいます」とも。最後に、「(シュテファン)ドールも毎日低い音を練習してますよ」との極秘情報で締めた。
 兼田さんの感想は、「ゆっくりとでいいからしっかり低音を鳴らしなさいということが、今日一番勉強になったと思います。普段から《バガテル》は練習しているのですが、低音も曲の中で鳴らす練習をしてしまっていますので、やはりゆっくりとひとつずつ鳴らすことが必要なんだなと実感しました」とのこと。


 最後は制服で登場した東京藝大附属高校の1年生、小山千鶴さん。モーツァルトのホルン協奏曲第3番第1楽章を吹き終えると、サラは「ブラボー!! 彼女が新しいベルリン・フィルのホルン奏者です!」と茶目っ気たっぷりに称賛。「15歳? 私がホルンを吹き始めたのは14歳のときなのに」とも。
 「上の音に行くとときどき音程が低くなるのは、息の支えが足りないから。あたなの支えはどこ? 咳をしたときに動くところですよ」と、観客にも咳をさせた。そして、「こんなに上手なら、リップトリルはできないとだめです」。現在練習中という小山さんがリップトリルに挑戦してみると、「力が入り過ぎているように感じる。力を抜いて、息の圧力を減らして。音を変えようと唇の端を引っ張ったり、音が下がるときにいちいちあごが動いたりしないように気を付けて練習してみてください。ただし、低音を吹くときにはあごを下げないと豊かな音になりません」
 レッスン後に小山さんは「客席との距離が近くて、お客さんもベテランの方ばかりなので吹いていてとても緊張しましたが、すぐ隣でベルリン・フィルのサラさんの音が聴けてとてもよかったです。これからはリップトリルをできるように練習したいと思います」と語った。


 いわゆるマスタークラスと違い、聴衆・受講生とも多くがアマチュア奏者であり、身近な悩みに対するサラのアドバイスはまさに身に浸みるものであった。



参加者全員での大アンサンブルも、サラが中心となって盛り上げる

 クリニックが終わると、「みんなで楽しむことが大切!」と前置きをして、同じベルリン・フィルのホルン奏者アンドレイ・ズスト氏のために冒頭のホルン四重奏+会場全員で《ハッピー・バースデー・トゥー・ユー》を合唱し、ビデオに録画した。これはすでにFacebookに投稿されている。
 もうひとつは、ベルリン・フィルを引退したクラウス・ヴァレンドルフが愛した《地下鉄ポルカ》を参加者全員で歌おうという試み。ご存じ《地下鉄ポルカ》はホルンアンサンブルに乗せてヴァレンドルフが東京の地下鉄の駅名(西高島平〜高島平〜西台)をラップのように歌うもので、ベルリン・フィルのホルンアンサンブルの定番アンコール曲であり、前述のCD『フォー・コーナーズ』にも収録されている。日本へのサービスかと思いきや、なんとベルリン・フィル引退のセレモニーの際にもフィルハーモニーのステージで、(ラトルの指揮で!)披露している。「ハイ、全員で!」とドイツ語で言って大爆笑を誘っていたが(当然無理)、それが今日実現したわけだ。


 ここで全員楽器を準備し、大アンサンブルの時間となった。サラの指揮で緑本から数曲。No.23《菩提樹》に続いて、No.87《Walzer Potpourri》では低音のメロディでサラがホルンを吹き、全体から抜け出てリードした。最後はNo.85《Bayrischer Läntler》。「この曲は、ドイツではヨーデルを入れます」と言い、演奏に合わせて陽気に踊って歌うサラにつられ、掛け声を入れる人も多数。まさに民族舞踊のような盛り上がりで会は締めくくられた。


 まだ興奮の冷めやらぬ会場で、サラのコメントをいただく。
「今夜は素晴らしいイベントでした! 日本にいるアレキサンダーホルンを吹くたくさんの仲間と会えたことを嬉しく思います。とてもフレンドリーな楽しい雰囲気で、みなさんとご一緒できたのがとても楽しかったです。しかし私にとってのハイライトは、クラウス・ヴァレンドルフの《地下鉄ポルカ》をこんなにもたくさんの日本の友人が歌ってくれたことです。私にとってはホルンを吹くことと同じくらい、『楽しむこと』が大切なんです。ホルンを吹いてアンサンブルをすることもとても大事なことですけれど、このあとみんなでビールを飲みに行くのも大事ですよ!」
 その言葉通り、参加者の多くはサラとともにジョッキを傾けるために、銀座の夜の街に繰り出したのだった。




シュテファン・ドール氏のサプライズ出演も!

S・Yさん

高校生からおじさんおばさんまでひとつになって演奏ができたことがとても素晴らしかったと思います。クリニックもとても個性的なメンバーで、それぞれがお持ちの問題点を的確に指導していただいて、私にもとても役に立ちました。


M・Kさん

福島から来ました。息の使い方など、とても勉強になりました。何より、サラさんの英語がダイレクトに入って来て、言葉がシャープな感じで素晴らしい教え方だなと思いました。


K・Oさん

息に関して大事なのはわかっていたんですけれど、最近吹いていて喉が痛くなることが多かったので質問してみました。サラさんの喉を触らせていただいたりして、結局私のやり方が間違いで、思ったほど喉を開けていないということがわかってよかったと思いました。


A・Y(♀)さん

すぐ近くでサラさんの音を聴けたのがよかったのと、受講者の方々がみるみるポイントをつかんで行くのを見て、素晴らしいクリニックだなと思いました。「低音は練習」とおっしゃっていたので、もっとしっかり練習しようと思います。


A・Y(♂)さん

受講者の方が指導を受けたことが身に付いてよくなっていることがわかりました。アンサンブルでは、みんなで演奏できてすごく楽しかったです。


T・Sさん

今まで低音の吹き方などを教えていただいたことがあまりなかったので、今日はサラさんのクリニックですごく勉強になりました。アンサンブルでは楽譜を吹くだけでなく、サラさん自ら皆さんを盛り上げてくださって、楽曲の楽しさというものを伝えてくださったことに感激しました。





文:アレキサンダーファン編集部 今泉晃一


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