アレキサンダーファン
2016年9月掲載
第67回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
岸上穣ホルンリサイタル“B”


 東京都交響楽団の団員であり、ホルンアンサンブル「つの笛集団」「The Horn Quartet」などでも活躍している岸上穣さんが30歳の節目の年、初めてのソロリサイタルを開催した(7月2日白寿ホールにて)。
 “B”というタイトルが付けられたこのリサイタルはバッハ、ベートーヴェン、ビショフ、ブラームスという“B”で始まる作曲家の作品を集めたもの。


※写真は最後の1枚を除いてリハーサル時のもの

 1曲目、バッハ《管弦楽組曲第2番》より〈バディネリ〉では有名なフルートのソロを、ホルンを感じさせないほど軽やかに演奏。
 2曲目はホルンのレパートリーとして欠かせないベートーヴェンの《ホルンとピアノのためのソナタ》。ベートーヴェンが作曲したのが30歳、岸上さんも30歳ということで「運命である」とプログラムにも書いていた(曲目解説などはすべて岸上氏自身によるもの)。ハンドストップ奏法の名手であったジョヴァンニ・プントの依頼で作曲され、ナチュラルホルンで演奏されたこの曲は、現代のホルンで演奏しても難しいところが多々あるが、そういう技術的なことを一切気にさせることなく、「ベートーヴェンの音楽」に聴衆を引き込んだ。
 1947年生まれというウィーンのライナー・ビショフの《ソナチネ op.2》は、たまたま岸上氏がウィーンの楽器店で楽譜を手に取ったものだそうだ。無伴奏の現代曲であり、多分会場にいるほとんど誰も知らない曲であったが、岸上氏が一度自分のものとして表現された結果、確かに難解ながらも「なるほど!」と思わせてくれるような演奏となっていた。



岸上氏のホルンを中心に、3人が対等に主張しつつ音楽を奏でた

 

 後半はこの演奏会のメインでもある、ブラームスの《ピアノ、ヴァイオリンとホルンのための三重奏曲》(いわゆる《ホルン・トリオ》)。ヴァイオリンは、東京藝大の同級生でもある東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターの依田真宣氏、ピアノは、ホルンをはじめ管楽器奏者との共演でも評価の高い遠藤直子氏。「息もぴったり」などという月並みな言葉以上のコラボレーションを聴かせてくれた。



 第1楽章は冒頭から抑制の効いた雰囲気があった。この曲は普通に演奏するとホルンとヴァイオリンの音量バランスを取るのが難しいケースが多いが、岸上氏のホルンは「音量を合わせる」のではなく「ヴァイオリンに寄り添う」という感じ。純度が高くなめらかな岸上氏の音は、よく歌いながらも表現過多にならない依田氏のヴァイオリンと親和性が極めて高い。
 第2楽章スケルツォは熱量を加え、より伸びやかな印象。尖り過ぎないマルカート/スタッカートと、中間部(トリオ)のレガートの柔らかな表現が対照的であり、何よりも大げさにならないリリカルなトリオ部分のメロディは魅惑的だった。
 第3楽章は深みのあるピアノに導かれ、郷愁を誘うメロディが醸される。ヴァイオリンがハーモニーを付けるホルンの旋律は、心にじわっと浸みて来た。途中冷たい「青い炎」的な熱情を見せ、楽章の最後には今度はもっと熱い「赤い炎」となった。この熱量の表現は見事。
 第4楽章はこれまで抑制的であったものをすべて解放した喜びにあふれたものだった。普段は「上吹き」の岸上氏による、オープンでフリーな低音も魅力だった。最後はまるで競うかのように盛り上げた。決してホルンだけが主役ではなく、全曲にわたって3人が対等に主張しつつ音楽を奏でたことが、この熱演につながったのだろう。


 

 アンコールはホルン、ヴァイオリン、ピアノでブラームスの《ハンガリー舞曲第6番》。メロディは主にヴァイオリンなのだが、細かい音ひとつひとつまで完璧にハモるホルンがすごい。2曲目は「去年生まれた娘のために買ったオルゴールのメロディ」と言ってホルンとピアノで《ブラームスの子守歌》を。最初は中〜低音主体でふくよかにメロディを聴かせ、後半はオクターブ上げて、それでもまったくストレスなくまさに女声による歌曲のように聴かせたのだった。本当に穏やかな演奏だった。



文:アレキサンダーファン編集部 今泉晃一


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