アレキサンダーファン
2015年3月掲載
第61回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
シュテファン・ドール ミニクリニック&懇親会


 2014年11月にベルリン・フィル首席ホルン奏者のシュテファン・ドール氏が来日したが、11月16日の夜には私たちAHOCのためにミニクリニック&懇親会が開催された。ヤマハ銀座店の地下2階にあるヤマハ銀座スタジオに、全国からアレキサンダーファン20名が集合。もちろん楽器を持って。なお、通訳は神奈川フィルの首席ホルン奏者である森雅彦氏が務め、ドール氏の説明を独自の表現も交えてよりわかりやすく伝えてくれた。




ウォームアップ

 この日のミニクリニックのテーマは「ウォームアップとデイリートレーニング」。
まず「ウォームアップってどういう意味だと思いますか?」と問いかけることから始まった。
「ウォームアップをバズィングやマウスピースだけで始めるのは好きではありません。もちろん個人差があるけれど、私は最初から楽器を持って始めます。そして、最初から『何が自分にとって問題なのか』を考えるようにしています。基本的には自分にとって最も快適な音域から始めますが、その後は自分に問題がある音域を中心に行ないます。私は基本的にB♭−Fで始めるようにしています」
 〈B♭-D-F-D-B♭-D-F-D-B♭〉の音型を吹き、Eから始まるところまで半音ずつ上げて行く。
「美しい響きを考え、身体の力を抜いて、マウスピースのプレスをなるべく少なくして、響きに集中してmfくらいで始めます」
「プレスを少なく」ということはドール氏がこれまでも、そしてこの日も繰り返し強調したことだ。
「注意深く自分の音を聴きながら、真ん中のB♭から始めて半音ずつ上げて行きます。柔かな口で、息が流れるようにして吹きます。音の響きを聴くことで、今日の自分にはどんな問題があるかがわかるわけです」


 続いて、レガートで〈F-C-A-F〉の下降音型を半音ずつ〈C-G-E-C〉まで下げていく。このとき、指を使っていたのが印象的だった。つまり、リップスラーの練習ではないということ。
(ドール氏は「ドイツではホルンの記譜のド(=実音F)をCと言います」と断って以後その言い方で進めたのだが、わかりやすいようにここでは実音で表記することにします)
 「高域ではアパチュアを閉め、下で開けることをコントロールできなければなりません。息の太さ、圧力、流れ方がどうなっているのか、自分で知らなければなりません。調子が悪いときには柔らかなタンギングを入れても構いません。豆腐に包丁を入れたように、音が切れてはいるけれど息の流れが途切れないようにします」


 次は五線下のFから真ん中のFまでの音階を吹き、半音ずつC♯- C♯くらいまで上げて行く。
「アンブシュアを張ることは必要ですが、プレスでハイトーンを出すようにしてはいけません。お腹の支えを使い、息のスピードを上げて音階を上がって行ってください。C♯をプレスなしで出すのは難しいですが、できるように練習してください。途中でアンブシュアが変わる人もいますが、それがわからないように変えることが必要です」


「ここまでできたら、その上の音がどんな調子なのかを見ます」と、五線の中のFから上に〈F-A-C-A-F〉の音型とF-Cのスケールを吹き、そこからA♭-E♭まで半音ずつ上げて行った。
「最初に大きな音で始めるとあっという間に疲れてしまいますので、ウォームアップでは身体の力を抜いて、口を柔らかくして吹けるように始めることが大切です」




レガートの練習

 「集中してやればウォームアップは15分か20分くらいで終わります。その後で、その日にやらなければならない課題を練習します。毎日2時間も練習することは不可能かもしれませんが、1時間くらいはどうにかしてやらなければならないでしょうね。内容は教則本だったりオーケストラの曲の練習だったりとその日によって違います。一番大切なのは集中力です。自分の音を聴きながら集中して行なうこと。疲れたら休憩を入れて、再び集中して練習することです」


「例えば」と言ってから〈F-C-F-C-F-C-F-C-F〉と、低いFから五線の中のFまでレガートで2オクターブ上がって下がる音型を吹いた。「なぜ、この練習をやっているのかを考えることです。息の支えはできているか、アンブシュアの切り替えはうまくいっているか、レガートがうまくできているか。鏡やスマホなどで見て確認すると良いです。2オクターブのレガートがうまくできない人は、オクターブずつ分けて吹いても良いです。大事なのは、うまく音がつながるようにすることですから。私の場合、調子が良ければこの音型で上がれるところまで上がるようにします」
「息の使い方は、下の音では太く、上の音では息を絞り出すような感じで。これは歌ってみるとわかると思います」



 2オクターブにわたるレガートでは、低域と高域でアンブシュアの切り替えをスムーズにする必要がある。
「アンブシュアの切り替えは、音が上がるときにはなるべく下の音で上の口にしておきます。そして音が下がるときにも同じ位置で変えるようにします」
「ただし、アンブシュアの変わり目がなるべくわからないように、ソフトに変えるように。そこで息が途切れないように、息を多めに入れてあげると良いですね」




パワープラクティスとゲシュトップでの練習

「高い音域で強く音を伸ばさなければならないとき、例えばチャイコフスキーなどを吹くとき用のパワープラクティスをしましょう。でも、いきなり大きな音を出さず、その日のハイトーンの様子を見ながら行なってください」と言い、ffで五線の中のFから上のCまでを往復する〈F-A-C-A- F-A-C-A- F-A-C-A-F〉という音型を半音ずつ上げて行く。「高い音でもおなか80%、プレス20%で吹いてください。とにかく息のスピードを速くすることが大切です。多少のプレスも必要になりますが、それは本当のハイトーンだけです」



 「ゲシュトップで練習することも効果的です。ゲシュトップで吹くと、より息が必要になりますからね。このとき音程は気にしなくて構いません。上の方はB♭管でもOKです。とにかく、息をたくさん使うことを意識してください」
「私はホテルの部屋などでは、曲の練習もゲシュトップで行なうことが多いです。右手はなるべく外側でふさぐようにします。それでも音は高くなりますが、指はそのままです。たくさん息を使うので、むしろ良い練習になります」
「逆に、右手を入れないで吹いてみることもあります。普段よりも音のコントロールが難しくなるので、その後右手を入れたときには、スーパーコントロールが可能になりますよ!」




弱音の練習

 その後おもむろにブルックナー/交響曲第4番の冒頭を吹き、「高音のpでの柔らかなタンギングが好きな人はいますか?」と尋ねた。
「大きな音を吹いたアンブシュアの張りはそのまま、アパチュアの大きさを変えることで音量を変えると良いです。口の筋肉は強い音と同じように緊張させておき、息とタンギングでバランスを取ってください」



 mfくらいで五線の中のFから〈FGAB♭C―〉と上がり、休符をはさみながらCの音をmp、p、ppと音量を落としながら伸ばす。「ときには1回ずつマウスピースを外して、口の張り具合を記憶しておくと良いでしょう」
「ディミヌエンドは、口の張りは変えずに、息を減らすのではなくて、アパチュアを小さくすることで行ないます。息を減速させるよりもその方が簡単です」
(通訳の森さんは「それも高等技術だと思いますけれどね」とコメントした)




スタッカートとリップトリル

「スタッカートの練習も重要です。舌を柔らかく、力を入れないこと。そして舌の動きをなるべく小さくすることです。大切なのは、音の響きが1つ1つそろっていること。それを確認しながら、メトロノームを少しずつ速くして練習してください」



「リップトリルは、プレスがあると上手くできません。まずプレスをしないこと。そして、上の音から下の音にトリルがかかるように練習します。動きはなるべく小さくすること。最初は1音よりせまい音程から始めます。まず、2つの音のちょうど真ん中にある点を見つけること。そこは鳴りませんが、上下に音程を広げて行くと鳴るところが見つかるはずです。私はリップトリルのときに顎を動かしますが、やり方は人によって違います」



 最後に再び「自分はいったい何のために練習しているのか、どこに到達したいのか、考えながら練習することが一番大切なことです」と言って、ミニクリニックを締めくくった。





 この後は参加者全員楽器を用意し、輪になって、ドール氏の指揮で《ベサメムーチョ》を、そしてドール氏も一緒に《狩人の合唱》を合奏してから、懇親会に突入。
 立食の懇親会では、ドール氏と一緒に写真撮影をしたり、参加者同士の親睦を深めたりしながら濃い時間を過ごし、最後は1人ずつサインをもらってお開きとなった。



 



文/撮影:アレキサンダーファン編集部 今泉晃一


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