アレキサンダーファン
2014年3月掲載
第58回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
シュテファン・ドール マスタークラス&ミニコンサート


 今回は、昨年10月8日に行なわれた、ベルリン・フィル首席ホルン奏者、そしてアレキサンダー103ユーザーであるシュテファン・ドール氏によるマスタークラス&ミニコンサートの様子をレポートしたい。いささか間が空いてしまったが、彼の言っていることはいつの時代でも変わらない普遍的なことであり、そしてきわめてベーシックなことばかりである。


 まずはミニコンサートとしてベートーヴェンの《ホルンソナタ》とR.シュトラウスの《アンダンテ》を演奏。ピアノは沢野智子さん。ベートーヴェンでは息をストレートに出していることが見えるような伸びやかな音色で、りんかくのはっきりとした明るいサウンド。感情を込めるシーンでは軽いヴィブラートが乗り、聴き手を引き込む。R.シュトラウスでは音の変わり目を感じない美しいレガートを用い、ぐっと抒情的に歌い上げた。まさにこれから行なうマスタークラスのお手本を示すような演奏に感じた。


「極端に大きく吹いたり、逆に極端に小さく吹いたり、大げさな練習をしてください」


  マスタークラスはまず、桐朋学園大学オーケストラアカデミーの山田圭祐さんから。マスタークラスのピアニストは遠藤直子さんが務めた。曲はR.シュトラウスのホルン協奏曲第2番より第1楽章。緊張感も見えるが、明るく張りのあるサウンドで安定した演奏だった。まず、「ブレスの回数を増やしてもいいので、その分息を使いましょう。最初のフレーズは途中でブレスを取っても構いません。でも聴き手は気にならないと思います」とドール。彼はこの後も、「どうしてここでブレスしないの?」と、吸えるところではどんどんブレスを取り、その分息の量を増やすよう指導していた。さらに「負担の大きい曲ですから、ブレスのときにちょっとでも唇を離して、休ませるといいですよ」とも。
 次に、「上昇音型でハリーポッターの魔法のようなディミヌエンドをかけましょう。そのためには、弱くしたときの高音の口の形をあらかじめ作っておくことが必要です」と言い、ついマウスピースをプレスしたくなる音の跳躍がある部分で、「マウスピースをもっと離して」と楽器を構える左手を(本気で!)引っ張った。「pの部分はプレスではなく、息を使って吹くこと。アパチュアは小さくするけれど、息は減らさないで!」
 最初は音が外れたりかすれたりすることもあったが、何度か挑戦しているうちに、より豊かで美しいディミヌエンドが完成した。


 最後は譜面台を片づけて、身体を客席に向けて吹かせ、ドール自身は客席に行って音を聴く。「客席だと聴こえ方が足りません。今は音がステージの上にとどまっているので、思い切り息を使って、もっと息をたくさん入れて、もっと大きく!」と途中でベルアップまでさせた。「練習のときから息をたくさん使って、極端に大きく吹いたり、逆に極端に小さく吹いたり、大げさな練習をしてください」と結んだ。


「例え2%でも余分に息のリザーブができるのはいいことですからね」


 次は第1回日本ホルンコンクールで入選を果たした小川敦さん。曲はシューマンの《アダージョとアレグロ》。太く柔らかな音で、思い切りの良い演奏という印象。ドールはまず「この曲は、どのくらい練習していますか?」つまり、「もう譜面を見る必要はないでしょう」と最初から譜面台を取り去ってしまった。「ちょっとだけ物足りないと思うのが、ピアノと一緒に演奏するという点です」と、ドール自ら演奏。ときおりピアニストとアイコンタクトを取りながら、フレキシブルに音楽を動かす。
 「それから、フレーズをどう持って行っているのかがわかりませんでした。歌ってみましょうか」と、小川さんと一緒に(声で)歌い出した。「カレーラスとかパヴァロッティのように、常に歌い続けましょう」。そして「音楽的に意識したい場所が多すぎるので、一番やりたいところを意識するようにしてください」


 そしてハイFへオクターブで上がるところでは再び(楽器を構える)左手を引っ張った。「どんなに高い音だろうと、(マウスピースを)押さえつける必要はないんです。その分、息のスピードを加えてください。下にいるうちに上の音の口を準備しておくんです」
 アレグロの部分に入ると、「もっと吹け!」と言わんばかりに、ドールが一緒に吹き始めた。「ブレスは、場所によって息を取る長さを変えてください。少し時間があるときにはそれだけ時間を使ってたくさん息を吸うように。ロマン派の曲なので、そこで少し遅くなっても大丈夫ですよ」「とにかく、瞬間的にでもブレスを取れるところがあれば、息を吸った方がいいです。例え2%でも余分に息のリザーブができるのはいいことですからね」


 もちろんここで書いた以外にもっと音楽的なことに対するアドバイスもあったが、それは個別なものなので、省略させていただいた。要は、ドールの言葉を借りれば「“息”が秘密のキーワードになるんです」ということ。やはりホルンはそこから始まり、最後はそこに行き付くのではないか、ということがベルリン・フィルの首席の言葉からもわかる。

 2人のマスタークラスのあとは、ミニコンサートの続きとして、ヒンデミットのホルンソナタを演奏した。ドールが吹くと、細かくブレスを取っているのが物理的には見えるのだが、そこでフレーズが途切れることがない。そして曲のどこが山なのか、どこを聴かせたいのかが明確に伝わり全体の流れが手に取るようにわかって、とても面白く聴けた。1楽章の荒ぶる雰囲気、2楽章の水の流れるような優しい感じから朗々たるffに持って行き、そして消えゆくようなppまで、表現の対比、そしてその幅の広さには感銘を受けた。


文=アレキサンダーファン編集部:今泉晃一


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