アレキサンダーファン
2009年11月掲載
第38回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
ベルリン・フィルハーモニー・ホルン・カルテット 2009 日本公演 レポート[コンサート編]

 ベルリンフィルのホルンセクションは現在ハウプトマンが引退したために7人だが、そのうちの4人がその名もベルリン・フィルハーモニー・ホルン・カルテット(以下、BPHQ)として10月に来日した。メンバーは、首席奏者のシュテファン・ドール、日本語のMCも絶妙なクラウス・ヴァレンドルフ、教育者としても充実しているファーガス・マックウィリアム、そしてベルリンフィル・ホルンセクションの紅一点にしてパワフル低音奏者のサラ・ウィリス。


10月8日に東京・王子ホールで行なわれたコンサートの様子。 (@王子ホール/撮影:横田敦史)

10月8日に東京・王子ホールで行なわれたコンサートの様子。
(@王子ホール/撮影:横田敦史)


横浜 みなとみらいホールでオペラ・コンサート

 BPHQは国内各所で演奏会やクリニックを精力的に行なったが、私はそのうち2回を聴くことができた。10月5日、横浜みなとみらいホールで行なわれたのは、“みなとみらいクラシック・クルーズ”と題されたコンサートで、ランチタイム・クルーズ、ティータイム・クルーズというそれぞれ1時間程度のステージ。ランチタイムには狩りの音楽を集めたプログラムを、ティータイムにはオペラの曲によるプログラムを演奏。この日はティータイムの方を聴いた。


 1曲目はターナー編曲の《カルメン》組曲。ターナーだから容赦ないパッセージがどんどん登場するが、とにかく軽やかな演奏だ。この日は平日ということもあって客席には年配の方も多く見られたが、もしホルンという楽器を知らずに聴いたら、「この楽器は簡単に演奏できそうだ」と感じるのではないだろうか。
 さすがにベルリンフィルのホルン奏者たち、楽に音を出しているのに、1人1人の音量が大きく、しかも音が手元だけでなく遠くまで伸びやかに届いて、ハーモニーがかなりの容積のある大ホールを満たしている。しかも、ppであっても豊かなサウンドが崩れない。
 いつものようにドールが身体を使って音楽をぐいぐいと前に進め、サラ(いつもの通り、彼女だけはファーストネームで呼ばせていただきます!)がしっかりとした低音で足下を固めている。4人が4人とも自由に吹いているようでいて自然に合うというのは、普段から一緒に演奏しているからだろう。


1番から順に、シュテファン・ドール、クラウス・ヴァレンドルフ、ファーガス・マックウィリアム、サラ・ウィリス。このパートは基本的に固定だった。(@王子ホール/撮影:横田敦史)

1番から順に、シュテファン・ドール、クラウス・ヴァレンドルフ、ファーガス・マックウィリアム、サラ・ウィリス。このパートは基本的に固定だった。
(@王子ホール/撮影:横田敦史)


 2曲目は、ヴァレンドルフが日本語でドールを「名テノール歌手」と紹介し、彼のソロで《トゥーランドット》から〈誰も寝てはならぬ〉を演奏。それにしても、テノールの歌はホルンによく合う! ドールが歌心たっぷりに吹くと、余計にそう感じられた。
 続いて《こうもり》を、そのオペレッタの筋書き同様、茶目っ気たっぷりに演奏。一流の音楽を奏でつつ、身体の動きや表情、つば抜きの仕草までユーモラスにして演出している。というよりも、演奏がしっかりしているからこそ、それらが生きるのかもしれない。
 最後はヴァレンドルフ自らのアレンジでモーツァルトのオペラメドレー。彼自身の歌もあり、サラとの台詞のやりとり(もちろん楽器を吹きつつ)もあって、サービスたっぷりに観客を湧かせた。
 アンコールは《ベサメ・ムーチョ》に続き、ヴァレンドルフが大阪の駅名をラップ風にメロディーに乗せる《地下鉄ポルカ 大阪ver.》。彼の芸達者ぶりも素敵。


みなとみらいホールでの演奏会の後、「バンドジャーナル」表紙の撮影の様子。

みなとみらいホールでの演奏会の後、「バンドジャーナル」表紙の撮影の様子。




松戸 森のホール21では、「狩り」と「世界一周」のプログラム

 翌日、10月6日は千葉県松戸市、森のホール21でのコンサート。これに先だって、地元の学生を集めての公開クリニックが行なわれ、非常に興味深かったのだが、クリニックについてはまた改めてレポートする予定。
 プログラムは、前半にロッシーニ《狩りの集い》、ジュリセン編の《シャソマニエ》など狩りの音楽を集め、後半は「音楽で世界一周」というテーマで、各国の有名曲をホルン4本に編曲したものを演奏した。


 ホルンで「狩りの音楽」というと、始まる前はちょっと食傷気味に感じもしたが、いざコンサートが始まると、「やっぱりホルンと言えば狩りの音楽」と、まったく新鮮な気持ちで楽しめたのだった。
 ロッシーニの《狩りの集い》ではいきなり舞台裏からホルンの音が聞こえ、2人ずつ舞台に登場するという演出も。いかにも“ヴァルトホルン”を感じさせる荒々しい吹き方が聴いていて気持ち良い。1番を吹くドールだって並の音量でないのに、それを2番のヴァレンドルフ、3番のマックウィリアムが分厚くハモり、4番のサラがぶっとい音で支える見事なピラミッドバランス。「これぞホルンカルテットのハーモニー」というお手本のようだった。
 前半の最後に演奏したミェフラの《ボヘミアの狩猟祭のための音楽》は、チェコらしいロマンティックな曲調で、それをドールがヴィブラートを軽くかけて情緒的に歌い上げる。


 横浜でもそうだったが、まず並び方が印象的。ステージの中央に譜面台を半円形にセットしているのだが、譜面台同士はかなり接近して置いてあるし、1番と4番はほぼ向かい合う形になる。それでも譜面にかじりつかずに立って演奏しているからせせこましい感じはまるでないし、音も遠くに飛ぶから固まりにならない。立奏だから身体を自由に動かせるし、それを含めてコミュニケーションも取りやすい並び方に感じた。
 これを見てしまうと、椅子に座って広い扇形に並んでの演奏が、散漫かつ堅苦しく感じてしまう。


松戸・森のホール21でのリハーサルの様子。

松戸・森のホール21でのリハーサルの様子。


 後半はアメリカ:ルロイ・アンダーソンの《プリンク・プレンク・プランク》、ロシア:《カリンカ》、ペルー:《コンドルは飛んでゆく》、イタリア:《フニクリ・フニクラ》、日本:山田英二編《日本民謡によるブルレスケ》、オーストリア:J.シュトラウス《クラップフェンの森で》《ピチカート・ポルカ》、そしてスペイン:ファリャ(ヴァレンドルフ編)《三角帽子》から〈粉屋の踊り〉でフィナーレとなった。
 個人的に面白かったのは、始めの頃、私の後ろの席で飴をなめ、おしゃべりをしていた女子高校生が、プログラムが進むにつれてすっかり静かになってしまったこと。それだけ、BPHQの演奏に引き込まれていたのだろう。
 もうひとつの不思議は、来日のたびに流暢になる日本語のMCで、冗談を交えて客席を沸かしていたヴァレンドルフが、いつ唾を抜いているのだろう、ということ。皆さんも、ホルンアンサンブルの演奏会でMCを担当して、困った経験はありませんか?


リハーサルの時間は短いが、普段同じオーケストラで吹いているメンバーだから、意思の疎通は早い。

リハーサルの時間は短いが、普段同じオーケストラで吹いているメンバーだから、意思の疎通は早い。


 アンコールは一部横浜と共通だが、何と4曲も披露してくれた。《ベサメ・ムーチョ》《誰も寝てはならぬ》、そして今度は《地下鉄ポルカ 東京ver.》。最後は《シューベルトの子守歌》で、1番のソロから1人ずつ加わっていく格好良いアレンジで締めくくった。


演奏終了後には、4人全員のサインがもらえるという贅沢なサイン会も。

演奏終了後には、4人全員のサインがもらえるという贅沢なサイン会も。


〔協力〕
公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団
財団法人 松戸市文化振興財団
株式会社 王子ホール
株式会社 アスペン


文=「アレキサンダーファン」編集部 今泉晃一

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