アレキサンダーファン
2009年06月掲載
第37回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
HORN RECITAL REPORT!!
阿部雅人 ホルンリサイタル
5月8日(金) すみだトリフォニーホール 小ホール

前半はホルンソロの名曲を中心に

 5月4日と5月8日、新日本フィルハーモニー交響楽団ホルン奏者であり、日本ホルン協会事務局長でもある阿部雅人さんがリサイタルを行なった。4日は故郷である福島県の福島テルサFTホールで、そして8日は東京のすみだトリフォニーホール小ホールにて。ピアノ伴奏は遠藤直子さん。
 最大の注目ポイントは、阿部さんが新日本フィルで主に2ndを吹く「下吹き」であること。普段、オーケストラでもアンサンブルでもどちらかと言えばメロディやソロを支える役割の多い阿部さんがどんなソロを聴かせてくれるのか、期待は否応にも高まった。
 使用する楽器はもちろんアレキサンダー。103ではなく愛用の1103GBLだ。

  1曲目のベートーヴェン/ホルンソナタから、その期待通り、オケで普段聴くことの少ない阿部さんの太く朗々とした音色をじっくりと味わうことができた。力強くも軽やかな冒頭部分に続き、大地を一歩一歩踏みしめて行くかのようにじっくりと吹き込んだソロが印象的だった。完全なノンヴィヴラートであり、派手な表現や大げさな表情付けはないが、それがベートーヴェンの骨太で構えの大きい音楽にぴったりと合っている。何よりも、低域におけるニュアンスの豊かさがさすが下吹き、という感じだったし、低音をしっかりと聞かせてくれることで、曲の安定度が格段高い印象だった。

阿部雅人

  2曲目、ボザの「森にて(森の中で)」はフランスらしい技巧的で流れるようなメロディラインを持つが、これも徒に軽く吹かず、全ての音符を大事にして細かなところまでおろそかにしない吹き方に、聴いていてとても共感を覚えた。ここでも張りのある音から丸くソフトな音までを使い分け、シーンごとの場面転換が目に浮かぶようだった。

  3曲目はヒンデミットのホルンソナタ。決してメロディアスとは言えず、慣れないとつかみづらい曲調であるにもかかわらず、それを“歌”として聴き手に届けてくれた。これは多分、演奏する側に迷いが全くないから、聴き手も納得して自然に入り込めるのではないだろうか。
 「オーケストラに入ってから、自分がきちんと吹けていないことがわかって、本番を重ねつつもう一度吹き方そのものを勉強し直した」と以前語っていたことがあったし、プログラムにも「あまりにもずっと吹けないので、ホルンをやめようとまで思ったこともありました」と書いている阿部さんだからこそ、努力を続けてきたその過程と成果が、演奏にも表れているような気がした。




“今回の目玉”と、リサイタルのメイン曲を続けて

阿部雅人

photo: K.Miura


 休憩をはさんで、個人的には今回最も注目していた、ノイリンクの「バガテル」。タイトルにも「低音ホルンとピアノのための」と付いているし、実際にカデンツでペダルDのffを要求されるなど、ソロを吹く機会の多いいわゆる「上吹き」プレーヤーには厳しいこともあって、演奏の機会が極めて少ない曲だ。
 アレキサンダーホルンアンサンブルジャパンのCD「カーニバル」ではソロを各パートに振り分ける形での4重奏として、また2008年11月24日のアレキサンダーホルンアンサンブルジャパン特別演奏会では伴奏を3重奏にアレンジして、ベルリンフィルのサラ・ウィリスさんのソロで演奏されたが、個人的にはオリジナルの形での演奏を、リサイタルでもCDでも聴いたことがなかった。
 そういう意味でも最も楽しみにしていたのだが、文句なしに格好良かった。流麗なメロディラインを繊細になめらかに吹いていたので、オープンで豊かな低音が一段と映えるのだった。基本的にオーソドックスなホルンソロのレパートリーでプログラムを組んだ中にこの曲を入れたのは、やはり下吹きならではのこだわりだったのだろう。

  そしてメインとなるのがR.シュトラウスのホルン協奏曲第2番。この曲の特質であるテクニカルな面と情感あふれるフレーズの融合を、盤石の安定感で演奏してくれた。この「安定感」こそが、このリサイタルのキーワードかもしれない。

阿部雅人

photo: K.Miura

 正面を向いてがっしりと舞台を踏みしめ、無駄な動きを一切しない演奏スタイルと出てくる音は似ていた。この曲でもテンポ、音程、音色を含め、巌のように安定しているから、聴いている方も本当の意味で安心して聴ける。部分部分が気にならないから、もっと大きなものが見えてくるのだと思った。

  この後でステージにて「今日は本当に辛かったです。特に前半はどうなるかと思いました。でも今までの経験を生かして、最後まで演奏することができました」と語ったが、その言葉が、それまでの演奏の印象と完全に一致した。経験と努力による深みが、阿部さんのホルンからははっきりと感じられたのだった。
 アンコールであるF.シュトラウスの「ノクターン」も、たっぷりとした歌い方で、深く心にしみた。

 それにしても1103という楽器、103のような輝かしい音も出せるけれど、もっとダークでソフトめの太い音が魅力だということを再確認。もちろん、阿部さんという人が吹いたからということは大きいのだけれど。

文=「アレキサンダーファン」編集部 今泉晃一

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