▼2013年にリリースされた丸山勉氏の2枚目のソロアルバム。丸山氏は日本フィルハーモニー客演首席奏者であると同時に、ソロ、アンサンブル、ジャズ、吹奏楽など幅広い分野で活躍するホルン奏者である。使用している楽器は自らが開発に携わったヤマハYHR-868GDと、同じベルを用いて特注したというB♭/ハイE♭のデスカント。また、このアルバムではフリューゲルホルンも演奏しているが、これはホルンのマウスピースを直接差せるよう特注されたものだ。
▼曲目は多岐にわたっているが、いずれもとてもパーソナルな印象を受ける。つまり、大ホールで朗々と吹き鳴らされるというよりも、小ぢんまりとしたサロンで親しい人たちを相手に演奏するのにふさわしい曲が選ばれているのだ。そう感じさせる大きな要素として、ギターとのデュオが挙げられる。
このアルバムのリリース記念コンサートも同じく松尾俊介氏によるギターとのデュオがメインだったが、「音量の小さなギターとホルンでバランスが取れるのだろうか」という心配をよそに、(ギターは家庭用のオーディオ機器で多少増幅はしていたものの)伸び伸びとした演奏でしかも見事なデュオを奏でていたのが印象的だった。これについて後に丸山氏は「音よりも響きで吹く」と表現していたが、このCDでも同じ雰囲気が味わえる。
▼1曲目の《アルマンド》はルネサンス期の舞曲だが、スペイン風のギターと相俟ってある意味このディスクのファンファーレのようにも聴こえる。続く《「フィガロの結婚」のアリア集より》は、丸山氏の“歌心”がたっぷりと味わえる。ハイトーンを含む速いスケールのなめらかなレガートやトリルなどもフレーズの中で自然に吹いているためさりげなく聴こえるが、ホルンが苦手とするこのようなパッセージをさらっと聴かせるというのは、そうとうなテクニックが必要なはず。丸山氏のホルンは基本的に輪郭のはっきりしたブリリアントな音色を持っているのだが、繊細なギターの音色とよく溶け合いつつ、曲想に合わせたまさに女声のような柔らかな表現が魅力的だ。
▼モーツァルトの《コンサートロンド》はホルン吹きには馴染みのある曲だが、松尾氏のアレンジによるギターとのデュオというのが新鮮だ。丸山氏がオーケストラをバックに演奏したことがあるかどうかわからないが、多分、フルオーケストラをバックにしたときとは明らかに違う表現をしているはずだ。作曲当時のこぢんまりとしたコンサートを彷彿とさせるような、とてもコンパクトで親しげなモーツァルトを聴かせてくれる。
▼ミシェル・コレットは18世紀後半のオルガン奏者、作曲家だ。作曲家としての評価はあまり高くないようだが、こうして聴くとホルンらしい快活さと伸びやかで耳に馴染むメロディは魅力的だ。もちろんそれは演奏者によるところが大きいのだが。
▼ここからピアノ伴奏に変わり、『3つのロマンス』と題してグリエール、スクリャービン、そしてラフマニノフの《ロマンス》を演奏。どれもとてもロマンティックな曲を、それに輪をかけたロマンティシズムあふれる演奏でたっぷりと聴かせる。そして相手がピアノになった分、表現がよりダイナミックになっている。押し寄せる感情の大波に巻き込まれ飲みこまれてしまう、そんな感想さえ持った。
▼フランセの《ホルンとピアノのためのディヴェルティメント》は「喜遊曲」というタイトル通り、第1楽章は軽妙でどこかコミカルな曲調で始まるが、その端々に「フランセ節」とも言えるような流麗なフレーズが登場する。その短い間の歌い込みが見事。第2楽章になると全編が寂寥感のあるレガートのメロディとなり、丸山氏のホルンが弱音でとても豊かな表情を見せてくれる。再び軽やかな第3楽章は、軽やかな中にアクセントやフラッター、ゲシュトップで楔を打ち込むような対比を持たせて聴かせる。
▼再び相手がギターに戻り、もの悲しさの中にどこか優しさを内包するような《オリエンタル》に続いて、委嘱作である組曲《もうひとつのグラナダ》。作曲はテレビ番組の劇伴などでもお馴染みの栗山和樹氏だ。「もうひとつの」というのはホセ・カレーラスなどの歌で有名なアウグスティン・ララの名曲《グラナダ》に対してのものであり、ギターに欠かせないレパートリー《アルハンブラ宮殿の思い出》のアルハンブラ宮殿があるのもこのスペインのグラナダ。フラメンコの盛んな地域でもある。これを栗山氏は「光と陰」と捉えたというが、曲もまさに激しさと寂しさ、情熱と瞑想が交錯している。2人の演奏者はこれら振り幅が大きな感情を演じ分けつつ、実は同じ物の表裏であるということも表している。フラメンコ的な部分では、ギターに乗せられて踊り狂う女性のようなホルンが強烈。最後は丸山氏がフリューゲル(驚くほどホルンぽい!)を吹くモーツァルトの《アヴェ・ヴェルム・コルプス》で聴き手の心を鎮めてくれる。
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