▼発売はすでに約1年前となってしまったが、ベルリン・フィルの女性下吹きホルン奏者サラ・ウィリスのアルバム“HORN DISCOVERIES”はタイトル通りホルンの新しいレパートリーを収録したもので、編成もピアノ伴奏によるホルンソロ、ヴァイオリンを加えたトリオ、ホルンデュオとバラエティに富んでいる。
▼サラの使用する楽器はアレキサンダー103。103であの太い低音を出しているのだ! ところでジャケットはシンガポールにある世界一高いプール、マリーナベイ・サンズで撮影されたと思われるが、ライナー内にある写真を見ると、どうやらサラ本人が水に潜っているようだ。他にも世界中の様々な場所で愛用の103を掲げた写真が掲載されており、ファンは必見!
▼リチャード・ビッシルはサラのギルドホール音楽演劇学校(ロンドン)時代の作曲・編曲の先生であり、サラが「低音ホルン奏者のためのチャレンジングな曲を書いてほしい」と依頼してできたのが1曲目の《ソング・オブ・ア・ニュー・ワールド》。「もっと技巧的な低域、そしてもっとハイトーンを」というサラの要求により、広い音域と相当の難易度を持つ作品になった。
ブルース調で抒情的なメロディで始まるが、高域から速いパッセージで容赦なくペダルCやB♭まで降りるのはさすが“下吹き用”。ffで奏される低域は聴いていて本当に気持ち良い。しかしただ鳴らすだけでなく、どんな音域でも絶えず歌心があるのだ。《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》の有名なホルンソロが一節引用され、ペダルCの咆哮で終わる。聴いていても爽快だが、下吹きならぜひ挑戦してみたい曲でもある。
▼2曲目は、ベルリン・フィルのチェリストであるダヴィッド・リニカーのアレンジによる《ヴェルヴェト・ヴァルヴス》。ホルン、ヴァイオリン、ピアノのトリオ用に編曲されたもので、ヴァイオリンはベルリン・フィルに在籍する日本人女性、町田琴和氏。前作『Trio!』でも共演するなど、息もぴったりだ。曲はチャイコフスキーの《ノクターン》、ドヴォザークの《ユーモレスク》、ドビュッシーの《月の光》など有名なメロディが6曲選ばれており、原曲はどれもヴァイオリンやチェロのソロ曲だが、ホルンとヴァイオリンの音色、ハーモニーによる新鮮な魅力が感じられる。
▼《Willisabethan Sarahnade》は、同じベルリン・フィル・ホルンセクションの一員であるクラウス・ヴァレンドルフ作曲によるホルンデュオ。曲名は「Elizabethan Serenade(エリザベスのセレナーデ)」にサラ・ウィリスの名前を読み込んだものだろう。ヴァレンドルフはもちろんホルンも演奏している。5曲から成る小品だが、各曲は世界各地の地名(決して有名ではない)をもじったもので、それぞれの地でインスピレーションを受けて作曲されたという。どこかユーモラスな曲調を茶目っ気たっぷりに吹いているかと思えば、郷愁感あふれる曲をたっぷりと聴かせたり、2人がまるで1本のように代わるがわる吹くテクニカルな部分があったりと、息の合ったデュオを様々に楽しめる。と同時に、それぞれのサウンドの魅力も明瞭に伝わって来る(サラが下のパートを吹いていると思われる)。
▼メイソン・ベイツはアメリカの作曲家であり、《メインフレーム・トロピックス》はホルン、ヴァイオリン、ピアノのためのトリオであるが、ピアノは弦の上に物を載せて打楽器的にも使われている。サラによる委嘱作品ではないが、このCDが初のレコーディングとなる。「メインフレーム」はコンピューターの中央演算装置、「トロピック」は熱帯地方を指し、続けて演奏される3つの楽章ではデジタル的なもの、深海の幽玄さなどが表現されていて、各楽器が様々なガジェットのようにも感じられる。曲、演奏ともに非常に情報量が多く、何度も繰り返し聴きたくなる曲だ。ファン的には、サラの超ハイトーンがレア。
▼最後には恒例の(?)NG集が収録されていて、収録時の楽しそうな雰囲気がうかがい取れる。お聴き逃しなく。
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